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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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四千の高さ

山道に入って、二日目から、息が続かなくなった。

坂がきついからではなかった。坂はきつかったが、それとは別に、息を吸っても足りなかった。吸って、吸って、それでも足りない。足が止まる。止まって、しばらく息をして、また歩く。

ベルグは慣れていた。漕ぎ手の二人も、途中から慣れた。

シグリは、平気そうに見えた。

「なんで平気なんですか」

彼女は、たどたどしいこちらの言葉で答えた。

「息が、要らん」

「要らないわけないです」

「刻みだ」と彼女は言った。

わたしは、彼女の袖を見た。

「使ってるんですか」

「違う」と彼女は言った。「使わん。刻んだ者は、要る息が減る」

わたしは、自分の腕の内側に手を当てた。

そのころには、白いところが肘の近くまで来ていた。触っても、触られたことが分からない範囲が広がっている。息が楽になった覚えはなかった。

「わたしは、そうなってません」

「二つだからだ」とシグリは言った。「六つになれば、分かる」

彼女は、それきり歩いた。

息が要らなくなる、というのは、聞いた話と合わなかった。

刻印は、皮膚を硬くする。硬くなったところは動かない。動かないところが増えれば、体は不便になるはずだった。ヘズは脚に二つ刻んで、その脚が動かなくなった。

不便になるのに、息は減る。

わたしは、それをどう考えればいいのか分からなかった。分からないまま、シグリの歩き方を見ていた。

彼女は、肩を動かさないで歩いていた。

三日目に、木がなくなった。

林が途切れて、そこから上は岩と草だけになった。草も、腰までしかない。風が強かった。強いというより、遮るものがないので、ずっと吹いていた。

灰海には、風がなかった。

この山は、逆だった。止むことがない。同じ強さで、同じ方向へ、ずっと吹いている。

止まないものと、はじめからないものは、しばらくすると同じになる。どちらも、気にしなくなるからだった。

わたしは、灰海で風を忘れていた。この山では、風があることを忘れそうだった。

木がなくなると、燃やすものもなくなる。この街の者が何を燃やしているのかは、あとで分かった。下から運び上げていた。荷を背負って上がる者の背に、薪が載っていた。

その岩の斜面に、穴があった。

一つではなかった。

道から見えるだけで、いくつもあった。斜面に横穴が開いていて、口のところに木の枠が組んである。枠から下へ、掘り出したものを流す樋が伸びていた。樋の先に、石を積んだ場所があった。

穴のいくつかは、人が出入りしていた。

いくつかは、していなかった。

出入りしていない穴は、枠が朽ちていた。朽ちた枠のあいだから、石が崩れて口を半分塞いでいる。塞ぎかけたまま、誰も直していなかった。

直さないのは、直しても意味がないからだった。

直せば、また掘れると思っているなら、直す。直さないというのは、もう掘るつもりがないということだった。

朽ちた枠は、どれも同じくらい朽ちているわけではなかった。新しく朽ちかけているものと、ほとんど崩れているものが、混じって並んでいた。

塞がった順番が、そこに出ていた。

わたしは、その数を数えた。

道から見えるところだけで、動いている穴が七つ。動いていない穴が、十九あった。

十九という数が、頭の中でひとりでに北の谷の柱と並んだ。関わりのない数だった。ただ、同じ数だったので、並んだ。

「あの穴、なんで塞いだままなんですか」

ベルグは、そちらを見なかった。

「掘り終わったからだろう」

「掘り終わったら、埋めないんですか」

「埋める銭が出ん」

「危なくないんですか」

「危ない」とベルグは言った。「だが、崩れて困る者がおらん。中に人がおらんからな」

わたしは、その言い方を置き直した。

人がいなくなった場所は、崩れても構わない。構わないから、放っておく。放っておけば、そこに何があったかも、そのうち分からなくなる。

街は、山の腹にあった。

平らなところがないので、家が段になっていた。上の家の床が、下の家の屋根と同じ高さにある。道は段のあいだを斜めに走っていて、荷を運ぶのは全部背負いだった。車が通れる道が一本もなかった。

そのかわり、人の数が多かった。

段のどこにも人がいた。荷を背負って上がる者と、下りる者が、細い道ですれ違う。すれ違うときの避け方が決まっていて、上がる者が壁側を歩いた。荷を背負って上がるほうが、止まると危ないからだった。

決まりが体になっている街だった。北の谷とは違う決まりだったが、体になっている点は同じだった。

そして、街じゅうが少し揺れていた。

揺れているのは、地面のほうだった。

立っていると、足の裏に伝わってくる。震えというほどではない。ただ、地面が止まっていないのが分かった。

「これは」

「鳴りだ」とベルグが言った。

「鳴り」

「坑の音だ。ここの者は、生まれたときから聞いておる」

わたしは、しばらくその場に立っていた。

音として聞こえるのではなかった。耳では拾えない。足の裏と、腹のあたりで感じるものだった。

腹のあたり、というのが引っかかった。

腹の底が焼けるようになる晩がある、とメレは言った。何かがそこから出たがる。それを毎晩押さえて、押さえたまま年を取る、と。

この街の揺れは、そこと同じ場所に来ていた。

「街の人は、これを聞いて何をするんですか」

「聞かん」と彼は言った。「あって当たり前のものは、聞かんようになる」

「聞かなくなったら、変わったときに分からないんじゃないですか」

ベルグは、そこで少し考えた。

「そうだな」

「困りませんか」

「困るから、聞く者を置いとるんだろう」と彼は言った。「わしは詳しくない」

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