石の道
出たのは、五人だった。
シグリと、船の修繕を仕切っていたベルグという男と、漕ぎ手が二人と、わたし。船は一隻で、灰狼盟のものではなかった。もっと小さい、荷を運ぶための船だった。
長船で行くわけにいかない、とベルグが言った。
「浅い船で港へ入ると、どこの船かがすぐに分かる」
「浅いのが目印なんですか」
「浅くて、細くて、屋根がない」と彼は言った。「三つ揃った船は、うちのしかない」
「じゃあ、屋根をつければいいんじゃないですか」
「つけたら重い」とベルグは言った。「重ければ浅くならん。浅くならんかったら、川を上がれん」
彼は、荷を積みながら続けた。
「どこも同じだ。得意なやり方は、隠せん。隠したら、得意でなくなる」
九つの箱は、船底に並べて、上に麻を掛けた。掛けたうえで、その上に塩の袋を積んだ。塩を積んだ船に見えるようにした。
出る朝、綱をなう場所へ寄った。
小さい男の子は、そこにいた。いつもの場所で、いつものように手を動かしていた。
わたしは、腰に巻いた綱を見せた。まだ巻いていた。ずっと巻いていた。
その子は、こちらを見て、それからまた手を動かした。
行ってくる、という言い方を、わたしはこの島の言葉で知らなかった。覚えたのは数と、盟の呼び方と、遠征の言い方だけだった。読み上げるのに要らない言葉は、覚える機会がなかった。
だから、何も言わないで出た。
船が出てから、岸のほうを見た。
綱をなう場所は、岸から見えない。段の裏にあるからだった。見えないと分かっていて、見た。
あの子は、この島で票を持てない。三度出ないと盟の者になれず、船に乗せてもらえないと三度が始まらない。乗せてもらえないのは体が小さいからで、体が小さいのは食えていないからだった。食えていないのは、票がないからだった。
輪になっていた。
海は、行きよりも静かだった。春だったからだった。
南へ三日走って、陸に沿ってさらに三日。着いたのは、港ではなかった。港からいくらか離れた入り江で、そこに小屋が一つあった。
小屋には人がいた。ベルグが何か話し、銭を渡した。船を預けるための銭だった。
「毎年、ここに預けるんですか」
「毎年ではない」と彼は言った。「石を取った年だけだ」
「何年に一度ですか」
「わしが乗ってから、三度目だ」
わたしは、その数を覚えた。覚える癖が、もう体になっていた。
「三度目というのは、多いんですか」
「多くはない」とベルグは言った。「石を積んだ船は、そう通らん。通る日も決まっておらん。当たるかどうかだ」
「今年は当たったんですね」
「当たった」
彼は、船を預ける小屋のほうを見ていた。
「当たった年は、麦の年より稼ぐ。だが、当たらん年のほうが多い。だから、麦をやめられん」
入り江から、荷を担いで歩いた。
九つの箱は、二人で一つずつ担いだ。漕ぎ手の二人と、ベルグと、シグリ。四人で八つ。残りの一つを、わたしとシグリで交代に持った。持ってみて、重さが分かった。石は重い。小さいのに、重かった。
道に出て、一日歩いたところで、シグリが上着を替えた。
袖の長いものだった。この土地の商人が着るような、地味な色のものだった。彼女はそれを着て、袖を手首まで下ろした。
腕の線が、全部隠れた。
わたしは、その様子を見ていた。
シグリは、こちらを見なかった。着替えて、袖を確かめて、それだけで歩きだした。
「あの」
ベルグが振り向いた。
「あれ、平気なんですか」
「平気ではない」と彼は言った。「うちでは、刻みを隠すのは恥だ」
「じゃあ、なんで」
「隠さんかったら、街へ入れん」
彼は前を向いた。
「入れんかったら、売れん。売れんかったら、島へ持って帰るだけだ」
わたしは、腕の内側に手を当てた。
わたしのは、はじめから隠す場所に彫ってある。だから、隠しても何も変わらない。
隠すために彫った者と、隠す気がないのに隠している者が、同じ道を歩いていた。
わたしは、シグリの背中を見ていた。
北の峡で、ヘルヴィはわたしの腕の内側を選んだ。隠すためだった。隠す刻みを入れるのはこの国では恥で、恥をかくのはわたしではなく彼女のほうだと言った。
シグリは、腕の外側に彫っている。隠す気がなかった彫り方だった。
それを、いま隠していた。
道は、まっすぐ西へ伸びていた。両側に畑があった。
わたしは、その畑を見ていた。刈ったあとではなく、生えかけていた。春だからだった。麦が生えかけている畑を、わたしは久しぶりに見た。
生えかけているものを見るのは、二年半ぶりだった。
そのあいだ、わたしが見ていたのは、刈ったあとか、焼いたあとか、雪の下かのどれかだった。
畑には人がいた。
腰をかがめて、何かをしていた。遠くて何をしているかは分からなかったが、動き方は覚えがあった。うちの街の外でも、春には同じ格好の人が並んでいた。
わたしは、その人たちを見ながら歩いた。
去年の冬、わたしはこういう畑のある村の納屋から、麦を持ち出す船に乗っていた。乗っていただけだと言うこともできる。岸で待っていただけだと言うこともできる。
言えるが、船には積まれた。
畑の向こうに、山があった。
低い山ではなかった。峡の両側の高いところとも、北の谷の斜面とも違った。頂きのあたりが白かった。春なのに白いというのは、あそこには年じゅう雪があるということだった。
「あれですか」
「あれだ」とベルグが言った。「トルヴェクだ」
「あそこで、石を磨くんですか」
「磨く」
「磨くと、どう変わるんですか」
「十倍になる」とベルグは言った。「同じ石で、十倍働く」
「なんで十倍になるんですか」
「知らん」と彼は言った。「知っとるのは、あそこの一つの家だけだ。知ろうとした者は殺される。年に何十人も殺されとるそうだ」




