出ていく話
村の大人が一つところに集まるのを、わたしはそれまで見たことがなかった。
灰を掘る村では、人が集まると仕事が止まる。仕事が止まれば袋が減り、袋が減れば買い付けの日に値を押さえられる。だから普段は誰も集まらない。集まらない村で人が集まったということが、それだけで一つの報せだった。
袋を積む小屋の中で、彼らは車座になった。灯りは一つしか点けなかった。わたしは戸口の内側に立たされ、メレはわたしの後ろにいた。
「出すべきだ」と最初に言ったのは、手の甲に焼き印の跡がある男だった。「あの司祭は数えていった。人を数えていった。次に来たときに一人増えていれば、それで終わりだ」
「どこへ出す」と別の男が言った。「街道に出せば拾われる。拾われれば喋る。子供は喋るんだ」
「この子は喋らんよ」とメレが言った。
「あんたが決めることじゃない」
「決めてない。見たままを言ってる。この子はひと月、自分の名を一度も言わなかった」
「名を言わないのと、鞭を打たれて言わないのは別だ」と焼き印の男が言った。「おれは言った」
小屋の中が静かになった。
「おれは三日もたなかった」と彼は続けた。「三日目に全部言った。名前も、場所も、匿ってくれた家の者の名も。だから言ってるんだ。この子が利口かどうかの話をするな。誰だって喋る」
「じゃあ、あんたを匿った家は」と誰かが訊いた。
男は答えなかった。答えないことが答えだった。
小屋の中が静かになった。誰かが咳をして、その咳が終わるのを全員が待った。
「そういう話じゃない」と、いちばん年嵩の女が言った。「この子がどれだけ利口かの話じゃない。この村がどうやってもってきたかの話だ。この村は、誰も匿わないからもってきた」
「嘘をつくな」
声はわたしの後ろからではなく、車座の外から聞こえた。
トゥーだった。いつからそこにいたのか誰も気づいていなかったらしく、何人かが振り向いてから、振り向いたことを恥じるような顔をした。
彼は入口の柱に肩を預けて立っていた。喋るところを見るのはわたしも初めてで、声は思っていたより低かった。
「おれのときも、こうやって集まったのか」
誰も答えなかった。
「集まったんだろ」と彼は言った。「同じ小屋で、同じ灯りをつけて、出すか置くかを話したんだろ」
「……そうだ」と年嵩の女が言った。
「それで、どうした」
「置いた」
トゥーは肩を柱から離した。それだけの動きで、車座の何人かが少し身を引いた。
「じゃあ、置け」
彼はそれ以上何も言わないで、小屋を出ていった。戸が閉まる音もしなかった。閉めなかったからだ。
誰も追いかけなかった。
トゥーがここへ来たときのことを、この小屋にいる全員が覚えているはずだった。覚えていて、いまその話を持ち出されて、それでもまだ出す出さないの話を続けようとする者は、さすがにいなかった。
しばらく誰も口をきかなかった。
「北へやる道がある」と、それまで黙っていた男がようやく言った。食事の前に環を描きかけてやめる、あの男だった。「使ったことのある者が、この村にいる」
「何年前の話だ」
「道は道だ。人が通らなくなっても、道は残る」
「北へ着いて、それからどうする」と年嵩の女が言った。「向こうにも教会はある」
「向こうの教会は帳面を回さない」と環を描く男が言った。「あの国は有脈の子を取り上げない。取り上げるどころか、家が抱え込む。抱え込んで、使う」
「使うというのは」
「刻む」
その言葉に、何人かが顔を上げた。わたしは寝床の下に埋めてある鉄のことを考えていた。
年嵩の女が息を吐いた。
「次の荷が出るまでだ」と彼女は言った。「それまでは置く。荷と一緒に北へやる。それでいいか」
反対はなかった。賛成もなかった。誰も何も言わないことが、この村では決まったということだった。
灯りが消され、大人たちは一人ずつ間を置いて出ていった。全員が一度に出ると外から見て目立つからで、そういうことまで手順になっている村だった。
最後に残ったメレが、わたしの肩に手を置いた。
「北へやるというのは」とわたしは言った。「母さんのところ」
「あんたの母親がどこの生まれかは知らんよ。訊いてないからな」
彼女は少し笑った。それから笑いをおさめた。
「ただ、あの針をあんたに渡した女は、あれをどう使うか知ってる誰かのところへ、いつかあんたが行くと思って渡したんだ。じゃなきゃ、ただの鉄くずを持たせて子供を馬車に乗せることになる。母親はそういうことをしない」
彼女は少しのあいだ黙ってから、続けた。
「北の女が、南の男と一緒になって、こっちの街で長く暮らした。そのあいだ北の言葉を一度も使わなかったんだろう。使えば怪しまれるからな。使わないでいるというのは、憶えていないのとは違う。憶えてる者が、毎日、使わないと決めるんだ」
わたしは何も言わなかった。
「あんたの母親は、自分にやったことを、あんたにもやらせようとしたんだ。ずっと使わずに済むならそれがいい。済まなくなったときのために、鉄を一本持たせておく。それだけの話だよ」
わたしはその晩、寝床の下の土をもっと深く掘って、針を埋め直した。
次の荷が出るまでには、まだ日があった。
その日までのあいだ、わたしは篩の前に立ちつづけた。仕事は変わらなかった。村の誰も、わたしに何か変わったことを言わなかった。決まったことは決まったこととして、それきり誰の口にも上らなかった。
トゥーだけが、一度、篩の向こうから言った。
「北は寒い」
それだけだった。
その日が来る前に、教会が来た。買い付けの日ではない日に来た。




