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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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三日

老人が動けなくなったのは、その冬の半ばだった。

前の日まで、修繕場の裏まで杖をついて来ていた。来て、石を並べて、三十七年目までを渡した。渡し終わって、いつもより早く帰ると言った。

翌朝、来なかった。

わたしは、彼の寝ている場所へ行った。囲いのある小屋で、脚の動かない者や、腕を落とした者が何人か寝ているところだった。この島で、そこに寝ている者はみんな、戦えなかった者だった。

小屋には、十人ばかりが寝ていた。

脚のない者と、腕の動かない者と、それから、体のどこも欠けていないのに起き上がれない者がいた。起き上がれない者は、腕を出していた。腕の線の周りが、肩まで白かった。

刻印を使いすぎた者だった。

この島で年を取るというのは、そういうことだった。戦えなくなってから、しばらく生きる。しばらくのあいだ、誰も追い出さない。追い出さないが、勘定にも入れない。

老人は、起きていた。

「来たか」

「来ました」

「早いな」

「昼まで待ったら、間に合わないと思いました」

彼は、少し笑った。笑って、それから咳をした。咳の仕方が、灰縁の村の咳と似ていた。あそこの咳は、灰を吸った者の咳だった。この人が吸ったのは灰ではない。それでも、音が似ていた。

体の中が石になっていくのと、灰が肺に溜まるのは、別のことのはずだった。

別のことなのに、終わり方が似ていた。

メレも、あの咳をしていた。あの人は灰を吸っていた。同時に、白と出て十四で発現した有脈者でもあった。どちらのせいで咳をしていたのかを、わたしは訊かなかった。

訊いても、答えなかったと思う。

「始めるぞ」

「はい」

「三日だ」

彼は、そこから喋りはじめた。

いちばん古い年から、順に。盟の並びと、遠征の並びと、出た者と帰った者と、持ち帰った量。すでに渡したところも、もう一度言った。並べ直すためだった。

わたしは、聞いた。

聞きながら、頭の中で並べた。並べる場所は、もう出来ていた。半年かけて作った場所へ、入ってきたものを順に置いていく。置くたびに、置いた場所が正しいかどうかを確かめた。

一日目は、十五年目まで進んだ。

そこで彼は寝た。寝るときに、どこまで言ったかを一度言った。次に起きたときに、そこから続けるためだった。

二日目に、彼の声が細くなった。

細くなったが、順番は崩れなかった。崩れるとしたら量のほうだと思っていたが、量も崩れなかった。四十年ぶんが、彼の中でどれだけきちんと並んでいるかが、二日目でよく分かった。

途中で、二度止まった。

止まったところは、どちらも十三年目から十五年目のあいだだった。

彼は、そこで少し息を継いでから続けた。続けた数は、前に聞いたものと同じだった。それらしい数のほうを、彼はきちんと覚えていた。

覚えていないと、そこで別の数を言ってしまう。別の数を言えば、聞いている側にはそれが本当の数に見える。

入れた数を正確に繰り返すことが、この人の四十年の一部だった。

二日目の終わりに、三十年目まで来た。

そこから先は、わたしがすでに受け取っているところだった。受け取ってはいたが、並べ直すために、もう一度必要だった。

「明日で終わる」と彼は言った。

「はい」

「終わったら、一つ言うことがある」

「いま言ってください」

「いま言うと、あんたが最後まで聞かん」

わたしは、そこで何も言えなくなった。

言われたとおりだった。

言うことがある、と言われた時点で、わたしはもう、それが何かを考えはじめていた。考えながら聞けば、落とす。落とせば、そこから先がずれる。

この人は、四十年をきちんと渡すことを、自分が最後に言いたいことより上に置いた。

置いたことに、わたしはその晩、気がついた。

三日目の朝、彼は起きなかった。

起きていたが、喋れなかった。口は動いた。動いても、音にならなかった。

わたしは、隣に座った。

「三十年目までは、受け取りました」

彼の目が動いた。

「三十一年目からは、わたしが自分で聞いたところです。三十七年目までは、この夏に渡してもらいました。三十八年目と三十九年目は、わたしが島に来てからです。全部あります」

彼は、口を動かした。

わたしは、耳を近づけた。

音は出ていなかった。

けれど、口の形は見えた。

同じ形を、三度繰り返していた。

わたしは、その形を読んだ。読める形だった。この島の言葉ではなかった。こちらの言葉だった。彼はこちらの言葉を話す。だから、こちらの言葉で言っていた。

たのむ、と言っていた。

わたしは、うなずいた。

何を頼まれたのかは、分からなかった。

四十年を落とすな、ということかもしれない。それらしい数の場所を忘れるな、ということかもしれない。読み上げろ、ということかもしれない。

あるいは、まるで別のことかもしれなかった。

その人が最後に言いたかったことを、わたしは聞かないままになった。聞かないまま、うなずいた。

うなずいたのを、彼が見たかどうかは分からない。目は開いていた。開いていたが、こちらを見ていたのかどうかは分からなかった。

その日の夕方に、死んだ。

島の葬りは、海だった。

生きているあいだは奪う。返すのは、その一度きり。船を出して、沖まで運んで、沈める。石をつけるのではなく、そのまま入れる。沈むまで、みんなで見ている。

わたしは、その船に乗せられなかった。

捕虜だからではなかった。乗る場所が決まっていて、そこに座るのは盟の者だけだった。

岸から見ていた。

船が戻ってきたとき、シグリが最初に下りた。

彼女は、まっすぐこちらへ来た。

そして、こちらの言葉で言った。

「三度、出た」

わたしは、彼女を見た。

この人がこちらの言葉を喋れることを、わたしはそのときまで知らなかった。

「盟の者だ」と彼女は言った。

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