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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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三度目

三度目の遠征は、冬の初めだった。

行き先は、南だった。麦の遠征と同じ方角で、同じ川ではなかった。もっと東へ回った。

「川じゃない」と老人が言った。彼は港まで見送りに来ていた。船には乗らなかった。

「じゃあ、どこですか」

「船を取る」

「船を」

「南の船が、東から西へ通る道がある」と彼は言った。「石を運ぶ船だ」

「石」

「石だ」と老人は言った。「食えん」

「食えないものを、なんで取るんですか」

「売れるからだ」

「売る相手がいるんですか」

「おる」と老人は言った。「食えんものほど、高く売れる。食えるものは、みんなが持っておる。食えんもので、みんなが欲しがるものが、いちばん高い」

わたしは、その理屈を並べ直した。

麦は食える。だから、どこにでもある。どこにでもあるものは、安い。

食えないのに、みんなが欲しがるもの。

海の上で待つのは、村を襲うのとまるで違った。

四隻が、島の陰に入って動かなかった。動かないまま、二日いた。漕がないので、体は楽だった。楽なぶん、寒かった。

二日のあいだ、誰も声を出さなかった。

声を出さないのは、聞こえるからではなかった。海の上で二日待つあいだに喋りはじめると、そのうち誰かが苛立つ。苛立った者が動くと、船が揺れる。揺れは遠くから見える。

黙っているのは、船を見えなくするためだった。

北の谷でも、灰縁の村でも、人は黙っていた。理由は毎回違ったが、黙り方は似ていた。

三日目の朝に、見張りが声を上げた。

それからは、速かった。四隻が同時に出て、二隻が前へ回り、二隻が後ろから寄せた。相手の船は、こちらより大きかった。大きいが、遅かった。荷を積んでいるからだった。

大きい船が遅いのは、荷のせいだけではなかった。深いからだった。

こちらの船は浅い。浅いので、風と潮の影響を受けやすい。受けやすいということは、うまく使えば速いということだった。

深い船は、まっすぐしか走れない。まっすぐ走る相手を両側から挟むのは、難しくなかった。

船縁に人が並んで、投げるものを投げた。矢も来た。

わたしたち三人は、船の底に伏せさせられていた。先に下りる場所がないので、この遠征では出番がなかった。

それでも、音は全部聞こえた。

板を通して聞こえる音は、外で聞くのとまるで違った。

木が木に当たる音が、いちばん大きかった。人の声は、そのあいだに挟まって、途切れて聞こえた。

何かが板に当たる音が、二度した。二度目のあと、上で誰かが動いた。動いた重さで、板が撓んだ。

わたしは、その撓みの下で伏せていた。

終わってから、荷が移された。

木の箱だった。麻袋ではなかった。箱には縄がかけてあって、縄には印がついていた。荷を運ぶ者が、その印を確かめてから移していた。

わたしは、伏せたまま、その印を見ていた。

南の文字だった。

読めた。

積み出しの港の名と、荷の種類と、目方が書いてあった。荷の種類のところに、二文字あった。

導石。

聞いたことのない言葉ではなかった。灰縁の村で、司祭が代金を置いていくときに、その言葉を使うのを聞いた気がした。あのときは、銭の単位のことだと思っていた。

箱は、思っていたより小さかった。

小さいのに、運ぶ者が二人がかりだった。重いのだと分かった。

全部で、九つあった。

九つとも、同じ大きさだった。

同じ大きさの箱を九つ作るというのは、中身が同じものだということだった。ばらばらのものを運ぶなら、箱もばらばらになる。

九つとも同じにしてあるのは、数えやすくするためだった。

数えやすくしてあるということは、誰かが数えるということだった。

島へ戻る道で、わたしは箱の脇に座らされていた。荷が濡れないように押さえておけと言われた。押さえながら、印の文字を読み直した。

同じ印が、九つとも同じ場所についていた。

目方だけが違った。

わたしは、その九つの目方を覚えた。覚えるつもりはなかったのに、覚えてしまった。癖になっていた。

島へ着いて、箱が降ろされたとき、盟の者の様子が違った。

麦のときは、担いで運んで、並べて、それで終わりだった。今度は、降ろした場所から動かさなかった。人が周りに立った。

シグリが来て、箱の一つを開けさせた。

中には、藁が詰めてあった。藁の中に、布に包んだものが並んでいた。

包みを一つ、彼女が取り上げた。

布を開いた。

石だった。

灰色がかった、拳より小さいものだった。表面に何もついていない。磨いてもいない。ただの石にしか見えなかった。

シグリは、それをしばらく見ていた。

それから、老人のほうを向いて、何か言った。

老人が、こちらへ杖をついてきた。

「訳せと言われた」

「わたしにですか」

「あんたに訊けと言われた」と老人は言った。「箱に字が書いてあるだろう。何と書いてある」

わたしは、答えた。

「積み出した港の名前と、中身と、目方です」

「中身は」

「導石、と書いてあります」

老人は、その言葉を伝えた。

シグリは、石を持ったまま動かなかった。

それから、短く何か言った。

「食えるか、と訊いておる」

「食えません」

老人は、それを伝えなかった。伝えるまでもなかった。

「一つ、言っておく」と老人は言った。「これは、麦の百倍で売れる」

「百倍」

「箱一つでだ」

わたしは、九つの箱を見た。

「じゃあ、九つで」

「麦の遠征を、九百回やったのと同じだ」と老人は言った。「そんな遠征はない。四十年やっても、そこまでは行かん」

彼は、杖の先で箱の一つを軽く叩いた。

「わしは四十年、麦の数を覚えてきた。四十年ぶんが、この箱の中に入っておる」


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