減っている
冬が来る前に、わたしは三十年目まで来た。
そのころには、通すのにかかる時間が、また短くなっていた。
短くなったのは、覚えたものが増えたからだった。
覚えたものが増えると、通すのが速くなる。おかしな話に聞こえるが、そういうものだった。ばらばらの数を並べているうちは、一つずつ確かめて進む。並びに形が出てくると、形のほうを覚えるので、数は形から出てくる。
形が出てきたことに、わたしはそのとき気づいていなかった。差だけを覚えて、いちばん古い年の量に足していく。足しながら進むと、頭の中に量の並びが一本できる。
十一月の終わりに、わたしはその並びを、初めて端から端まで通した。
通して、手が止まった。
その日は、綱をなう場所を手伝っていた。手を動かしていれば、腹の底のものが静かになる。だから手を動かしながら通す癖がついていた。
手が止まったので、隣にいた小さい男の子が、こちらを見た。
わたしは、綱を置いた。
その子は、綱を持ったままこちらを見ていた。何かあったのかという顔だった。
わたしは、何でもない、という身振りをした。
その子は、また手を動かしはじめた。この子は、そういうことを訊かない。訊かない子だから、この島でここまで生きている。
減っていた。
いちばん古い年の量が、いちばん大きかった。そこから四十年かけて、下がっていた。
まっすぐに下がっていたのではない。増えた年もあった。三年か四年続けて増えたあと、それを上回る幅で落ちる。落ちたところから、また少し戻る。戻りきらない。戻りきらないまま、次が落ちる。
同じ形だった。
わたしは、頭の中で北の谷の柱を並べた。十九本。奥から手前へ。
同じ形をしていた。
長さが違うだけだった。谷の柱は十九年、島の記録は四十年。四十年のほうを、十九年ぶんに切り取って重ねると、線の曲がり方が揃った。
わたしは、その二つを何度も重ね直した。
重ねるたびに、揃った。
揃うはずがなかった。
北の谷が取っているのは、木の実と魚と獣だった。この島が取っているのは、南の村の納屋にある麦だった。片方は自然に生えるもので、もう片方は人が作るものだった。
作るものは、作る人がいるかぎり毎年できる。焼かれても、次の年にまた蒔く。
蒔いているのに、取れる量が落ちていた。
翌日、わたしは老人に訊いた。
「四十年で、持ち帰る量は減ってますよね」
老人は、石を並べていた。手を止めなかった。
「減っとる」
「知ってたんですか」
「知っとる」
「盟約会で、言ったことはありますか」
「ある」
「どうなりましたか」
彼は、石を一つ置いた。
「守りが厚くなったからだ、と言われた」
「本当にそうなんですか」
「そういう年もある」と老人は言った。「南の国が兵を出せば、取れる量は落ちる。落ちた年に、なぜ落ちたかと訊けば、みんなそう答える」
「じゃあ、守りが薄い年は」
「戻る」
「戻りきってますか」
老人の手が、止まった。
「戻りきっとらん」
「戻らないのが、四十年続いてます」
「続いとる」
「守りのせいなら、守りが薄くなった年に戻るはずです」
「戻るはずだな」
「戻ってません」
老人は、石の列から手を離さなかった。
「言うたことがある」と彼は言った。「若いころにな。同じことを、同じように言った」
「どうなりましたか」
「若い者が何を言っとるか、という話になった」
わたしは、続けた。
「北の谷でも、同じでした。木の実の落ちが悪い年があって、次の年に戻って、でも前の年ほどは戻らない。そういうのが十九年続いてました」
「同じ形か」
「同じ形です」
彼は、しばらく石を見ていた。
「あそこの取り方と、うちの取り方は、まるで違うぞ」
「知ってます」
「向こうは刻んで我慢しとる。うちは刻まんで奪っとる」
「知ってます」
「やり方が違うのに、同じ形になるか」
「なりました」
老人は、そこで初めて、石から手を離した。
「あそこは魚と木の実だ。うちが取っとるのは、南の麦だ」と彼は言った。「魚と木の実が減るのと、南の麦が取りにくくなるのは、別の話だろう」
「別の話です」
「だが、同じ形だと言うんだな」
「はい」
彼は、平らなところのほうを見ていた。もう誰もいなかった。盟約会が終わってから、そこはただの空き地だった。
「二つでは、まだ足りん」と彼は言った。
わたしは、彼のほうを向いた。
「足りないって、なにがですか」
「二つが同じ形をしとっても、たまたま同じかもしれん」と老人は言った。「わしが若いころ、南の坊主が言っておった。二つが揃うのは偶然だ。三つ揃えば、偶然ではなくなる」
「その人は」
「三度出て、二度目で死んだ」
わたしは、その言葉を前にも聞いていた。
川で水を汲んでいたときに、この人は同じ話をした。訊いた者が生き残った例を知らん、と言った。
同じ話を二度するのは、忘れたからではないと思った。
この人は、四十年ぶんの数を順番どおりに並べておける人だった。話したことを忘れるはずがない。
二度言うのは、二度言いたいからだった。
「その人は、何を数えてたんですか」
老人は、答えなかった。
答えないというのが答えだった。
わたしは、灰海のことを考えていた。あの縁は毎年少しずつ内へ寄る、と村の男が司祭に言っていた。掘ったところは崩れて、崩れたところからはもう出ません、と。
三つ目は、あった。
ただ、それはわたしの頭の中に、数として入っていなかった。
灰縁の村の男が言ったのは、縁が毎年少しずつ内へ寄る、というだけのことだった。どれだけ寄るかは言わなかった。訊かれもしなかった。
あの村では、袋の数は数えていた。買い付けの司祭が数えていったあと、自分たちでもう一度数えた。数えていたのは、袋だった。
縁がどれだけ寄ったかを、誰も数えていなかった。




