それらしい数
秋になって、わたしは十七年ぶんまで来ていた。
いちばん古いほうから順に受け取っていたので、十七年ぶんというのは、四十年の半分に足りない。それでも、頭の中に入っている量は、北の谷の柱の何倍にもなっていた。
そのころ、最初のずれに当たった。
ずれというのは、二つの言い方が合わないことだった。
老人は、同じ年のことを、何度か別の日に喋る。同じ日に全部を言うわけではないので、同じ年が二度出てくることがある。二度出てきたものは、たいてい同じだった。
同じでないものが、初めて出た。
十二年目と十三年目のあいだだった。
十二年目の持ち帰り量から、十三年目の差を足すと、十三年目の量が出る。その量を、老人は別の日に別の言い方で言っていた。二つが合わなかった。
大きくは違わなかった。ほんの少しだった。
ほんの少しというのが、いちばん厄介だった。
大きく違えば、言い間違いだと分かる。ほんの少しなら、こちらの聞き間違いかもしれない。あるいは、こちらが並べ間違えたのかもしれない。
わたしは、自分の並べ方を先に疑った。二日かけて、頭の中の棚を端から確かめ直した。
わたしのほうは、合っていた。
わたしは、それを言うかどうかを、二日考えた。
言えば、この人の四十年が間違っていることになる。間違っていることになったら、この人は記録者でなくなる。なくなったあと、誰が覚えるのかという話になる。
盟約会で、途中で顔を上げて、また下げた者がいた。あれは、たぶん同じことをしていた。
顔を上げて、下げた。それだけで済ませた。
済ませた理由が、わたしにはもう分かっていた。あの人は、そこで言えば記録者が要らなくなることを知っていた。要らなくなったあと、誰が覚えるのかという話になる。
そして、その席に座りたい者は、この島に一人もいない。
三日目に、わたしは言った。
「十三年目が、合いません」
老人は、石を並べている手を止めなかった。
「どう合わん」
「十二年目に差を足すと、こうなります」とわたしは言った。「でも、前に別の日に聞いたときは、こう言いました」
彼は、しばらく黙っていた。
「よく気づいたな」
「間違えたんですか」
「間違えとらん」と彼は言った。「入れたんだ」
わたしは、彼のほうを向いた。
「それらしい数、ですか」
「そうだ」
彼は、並べた石の中から一つを取り上げた。
「十三年目は、前の記録者から受けた年だ」と彼は言った。「あれが死ぬときに、三日かけて言った。言い終わる前に死んだ」
「途中で」
「途中でだ」と老人は言った。「二十年目のあたりで止まった。そこから四十年目までは、わしが自分で見ておったから分かる。分からんのは、あれが言い終わらんかったところだ」
「じゃあ、二十年目より前は、全部その人から聞いたんですね」
「そうだ」
「その人も、その前の人から聞いたんですよね」
「聞いた」
「その人も、途中で死んだかもしれません」
老人は、そこで手を止めた。
「かもしれん」
「そのときも、それらしい数を入れたかもしれません」
「入れたかもしれん」
わたしは、四十年ぶんの列を、頭の中で見ていた。
いちばん古いほうへ行くほど、確かめる手立てがなくなっていく。四十年は、この人の四十年でしかない。その前は、別の人の記憶の、そのまた記憶だった。
「どのくらいですか」
「三年ぶんだ」
彼は石を三つ、列から抜いた。
「十三年目から十五年目まで。ここは、わしが入れた」
「どうやって入れたんですか」
「前と後ろから、それらしくなるように挟んだ」と彼は言った。「十二年目と十六年目が分かっておる。あいだの三年を、なだらかに繋いだ。それだけだ」
わたしは、抜かれた三つの石を見ていた。
「本当は、なだらかじゃなかったかもしれません」
「かもしれん」
「そこで、何かあったかもしれません」
「あったかもしれん」と老人は言った。「ただ、空けておくよりましだ。空いておると、そこに好きな数を入れる者が出る」
「好きな数を入れる者って、誰ですか」
「票のある者だ」と彼は言った。「自分の盟がその年にどれだけ持ち帰ったかを、多めに言いたがる。多めに言えば、次の年の座る順が上がる」
「言われたことがあるんですか」
「ある」
「どうしましたか」
「わしが入れた数のほうを言った」と彼は言った。「わしが入れた数は、わしが入れたと分かっておる。あれが言う数は、あれが得をする数だ。どちらもでたらめだが、片方は得をせん」
「入れられたら、分かりますか」
「分からん」
彼は、石を列へ戻した。
「わしが入れたことは、わしが知っておる。あんたにも言った。だから、あんたも知っておる」
「わたしが死んだら」
「分からんようになる」
わたしは、その三つの石を見ていた。列の中に戻ってしまえば、ほかのものと同じに見えた。形も大きさも同じだった。
「印はつけないんですか」
「つけようがない」と老人は言った。「口で言うものに、印はつけられん。ここは怪しいと言い添えたら、言い添えた分まで覚えねばならん。覚えることが増えれば、落とすものも増える」
彼は、手を膝に戻した。
「だから、覚えとけと言っておるんだ。数ではなくてな」
「なにをですか」
「どこが、わしの入れた数かを」
わたしは、その三年ぶんを、別の場所へ置くことにした。
頭の中の棚の、列の中に置かずに、脇に一つ棚を作って、そこへ入れた。三年ぶんの数と、それが十三年目から十五年目のものだということだけを。
覚えることは増えた。増えたぶん、落とす危険も増えた。
それでも、そうしておかないと、いつかわたしにも分からなくなる。
老人は、その話をしなかった。しなかったのが、しなくてよかったからか、思いつかなかったからかは、分からない。




