↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
50/96

四十年

始まったのは、その次の日からだった。

三日で渡す、というのは、死ぬときの話だった。生きているあいだは、少しずつ渡す。少しずつ渡しておいて、最後の三日で全部を並べ直す。そういう手順になっていた。

「最後の三日で全部やらないんですか」

「やれん」と老人は言った。「三日で渡せるのは、受け取る側の場所が出来ておるときだけだ。場所がないところへ入れても、こぼれる」

「場所って、なんですか」

「並べる場所だ」と彼は言った。「頭の中に棚を作る。棚が出来ておれば、あとは順に置いていくだけだ。棚がなければ、置いた端から落ちる」

「並べ方から先に覚えろ」と老人は言った。

わたしたちは、修繕場の裏に座った。誰も来ない場所だった。老人が来るのに時間のかかる場所でもあったが、それでもそこを選んだ。

「一年が一つの塊だ」と彼は言った。「塊の中に、盟が並ぶ。盟の中に、遠征が並ぶ。遠征の中に、出た者と、帰った者と、持ち帰った量が入る」

「盟は、四百あるんですよね」

「ある」

「四百ぜんぶ覚えるんですか」

「覚えん」と老人は言った。「盟約会に代表を出した盟だけだ。年によるが、多くて八十、少ない年で四十だ」

「それでも多いです」

「多い」

「盟約会に出なかった盟のことは、覚えなくていいんですか」

「覚えん」

「その年に何かあっても」

「出んかった盟に何があったかは、うちの記録には入らん」と老人は言った。「出た者だけが数えられる。数えられん者のことは、記録者も知らんでいい」

わたしは、その言い方を頭の中で置き直した。

出なかった者は、いなかったことになる。灰縁の村と同じだった。名を訊かない村では、いなくなった者の話ができない。

彼は、地面に石を並べはじめた。

「並べ方を工夫すると、減る」

石は、五つずつ組にして置かれた。

「盟の名は、覚えん」と彼は言った。「順番で覚える。盟約会に座る順は、票の多い順だ。だから、票の多い順に並べれば、名前は要らん。前から何番目、で済む」

「でも、順番は毎年変わりますよね」

「変わる。だが、全部は変わらん」と老人は言った。「上のほうは、たいてい同じだ。動くのは真ん中から下だ。動いたところだけ覚え直せばいい」

「上のほうが動かないのは、なんでですか」

「票の多い盟は、次の年も多い」と彼は言った。「票が多ければ、いい船を出せる。いい船が出れば、取れる。取れれば票が増える」

「じゃあ、下は」

「下は上がらん」

彼は、下のほうの石を指で押した。押された石は、列から少しずれた。

「ずれるだけだ」

わたしは、その石の並びを見ていた。

「北の谷でも、似たことをしてました」

「どんなだ」

「柱に刻むんです。取った量を、列にして。列の頭に、誰の持ち分かの印を入れます。名前じゃなくて、印です」

「なぜ名前を書かん」

「みんなが知ってるからです」

老人は、そこで少し笑った。

「同じだな」

「同じですか」

「知っておることは、書かんでいい」と彼は言った。「書かねばならんのは、忘れるものだけだ」

わたしは、南の名簿を思い出していた。

あれには、全部書いてあった。名前も、父の名も。知っていることまで書いてあった。

知っていることを書くのは、知らない者に渡すためだった。誰に渡すのかといえば、その土地を知らない誰かにだった。

書いてあるものは、その土地を知らない者にも使える。それが、書くことの意味だった。

彼は石を組み替えた。

「量は、そのまま覚えるな。前の年との差だけ覚えろ」

「差だけですか」

「四十年ぶんの量を全部覚えるのは、無理だ」と老人は言った。「だが、去年より多いか少ないか、どのくらい違うかなら、覚えられる。あとは、いちばん古い年の量を一つだけ覚えておいて、差を足していく」

わたしは、その方法を頭の中でやってみた。

やってみて、すぐに分かった。差だけを覚えるやり方では、途中で一つ落とすと、そこから先が全部ずれる。

「途中で落としたら、どうなるんですか」

老人は、しばらく答えなかった。

「ずれる」

「戻せますか」

「戻せん」

彼は石を一つ、列から抜いた。抜いた場所が空いた。

「だから、落とすな」

わたしは、その空いたところを見ていた。

空いたところは、ほかのところと同じに見えた。石が一つないだけで、列そのものは列のままだった。

見ただけでは、そこに何かがあったのかどうかが分からない。

分かるのは、抜いた本人だけだった。

「落としたことは、あるんですか」

老人は、抜いた石を手の中で転がしていた。

「その話は、あとでする」

その日から、わたしは毎日そこへ通った。

朝は船の修繕をして、昼を過ぎてから裏へ回る。老人はいつも先に来ていた。来るのに時間がかかるので、早く出るのだった。

覚えたものは、寝る前に一度、頭の中で通した。

北の谷の柱を、十九本。それが済んでから、島の四十年を、覚えたところまで。二つを続けて通すのに、はじめは一刻近くかかった。そのうち、短くなった。

短くなったのは、慣れたからではなかった。

並べ方を、自分で作り直しはじめたからだった。

老人のやり方は、票の多い順に並べるものだった。あの人は盟約会でそれを読み上げるので、座る順と同じにしておくのが早い。

わたしは、それを取った量の順に並べ直した。

読み上げるときには、票の順に戻さなければならない。戻す手間が増える。それでも、量の順に並べておくほうが、わたしには入りやすかった。

なぜ入りやすいのかは、そのときは考えなかった。

考えていれば、もっと早く気づいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。