受ける
盟約会が終わるまで、老人は何も言わなかった。
二月かかった。そのあいだ、わたしは荷の脇に座って、分からない言葉を聞いていた。
座る場所は、日によって変えた。同じところに毎日座っていると、そこに座っている者として覚えられる。覚えられると、いないときに気づかれる。聞いているうちに、いくつかの音は覚えた。盟の名と、行き先の名と、それから何度も出てくる短い言葉が二つあった。
一つは、取る、という意味だと分かった。
もう一つは、三年、だった。
三年、という音は、二月のあいだにだんだん増えていった。
はじめの十日ほどは、ほとんど出てこなかった。半ばを過ぎたころから増えて、終わりのころには、誰が立っても一度は出るようになった。
何を話しているのかは分からない。ただ、話が同じところへ集まっていくのは、音の数だけで分かった。
終わった日の夕方、老人は平らなところの端まで杖をついてきて、わたしの隣に座った。座るのに時間がかかった。脚を投げ出すまでに、二度息を継いだ。
「決まったんですか」
「まだだ」
「二月やって、決まらないんですか」
「決まらんかった年は、次の年に持ち越す」と彼は言った。「持ち越すのは珍しい。今年は珍しい年だった」
彼は杖を膝の上に置いた。
「話が別だ。あんたに言うことがある」
「はい」
「受けるか、受けんかを、いま決めろ」
わたしは、彼の顔を見た。
「受けたら、どうなるんですか」
「わしが死ぬまでに、全部渡す」と彼は言った。「四十年ぶんだ。渡したら、あんたが読み上げる」
「読み上げるって、誰が決めるんですか」
「わしが決める」
「盟約会は」
「口を出さん」と老人は言った。「記録者は票を持たん。票を持たん者のことは、票のある者は決めん。決める値打ちがないと思っておる」
「値打ちがないんですか」
「席が一つ減っても、誰も困らん」と老人は言った。「困らんものは、誰も欲しがらん。欲しがらんから、取り合いにならん」
「じゃあ、誰でもなれるんですか」
「なれん」と彼は言った。「誰も欲しがらんのと、誰でもできるのは、別だ」
わたしは、それを頭の中で並べ直した。
票を持たない者だから、誰も口を出さない。誰も口を出さないから、その席は誰にも取り上げられない。取り上げられない席から、その年にあったこと全部が出てくる。
「なんで、わたしなんですか」
「ほかにおらん」
「島の人でいいじゃないですか」
「島の者は、出る」と彼は言った。「出れば票が入る。票が入る者は、票のないところへ座りたがらん。それに、出続ける者は、たいてい先に死ぬ」
「じゃあ、出られない人に」
「出られん者は、体のどこかが動かん」と老人は言った。「わしみたいにな。動かん体で四十年やるのは、思っておるより難しい。あんたは動く」
わたしは、自分の腕の内側に手を当てた。
「わたしは、捕虜です」
「そうだ」
「捕虜が読み上げるのは、いいんですか」
「よくない」と老人は言った。「だから、三度目を出ろ。出て帰れば、盟の者になる。盟の者なら、誰も文句を言わん」
彼は、平らなところのほうを見ていた。人がほとんどいなくなっていた。
「一つ、条件がある」
「なんですか」
「書くな」
わたしは、彼のほうを向いた。
「あんたは書ける」と彼は言った。「書けば楽だ。四十年ぶんを覚えるより、書くほうが早い。書けば、落ちん」
「じゃあ、なんで」
「書いたものは、取られる」
彼は杖の先で地面を叩いた。
「取られる、なくす、燃える、濡れる。どれか一つが起きたら、それで終わりだ。書いたものは、置いた場所から動かん。動かんものは、いつか誰かに見つかる」
「なくさない場所に置いたら、どうですか」
「そんな場所はない」と老人は言った。「なくさん場所に置いたものは、なくさん場所ごと取られる。厚い壁を作れば、厚い壁ごと目録に載る」
わたしは、彼が何を知っているのかと思った。この人は北の谷を見たことがない。
わたしは、記録小屋のことを考えていた。
厚い戸に閂をかけて、壊されないように建てて、それでも半分持っていかれた。あの小屋は動けなかった。動けないから、目録に載って、番号を振られて、古いところだけ運び出された。
グリムは言った。あんたが覚えて出ていけば、外に残る。この土地にあるあいだは、いつでも潰せる。あんたの頭の中にあるものは、潰しに来るのにあんたを見つけないといかん。
「同じことを言った人が、北にいました」
「そうか」
「その人も、そう言いました」
老人は、そのことについて何も言わなかった。
「同じことを、別のところの人が言うのは、なんでですか」
「同じ目に遭ったからだろう」と彼は言った。「同じ目に遭った者は、同じことを考える。考えついたことが同じでも、教え合ったわけではない」
彼は杖を持ち直した。
「うちの島も、北の谷も、南の坊主どもも、みんな数を数えとる。誰も教え合っておらん。それでも、みんな数えとるだろう」
「受けます」とわたしは言った。
「そうか」
彼は、うなずきもしなかった。ただ、杖を持ち直して、立ち上がろうとした。
立ち上がるのに、また時間がかかった。
「あの」
「なんだ」
「四十年ぶん渡すのに、どのくらいかかりますか」
「三日だ」
「三日で渡せるんですか」
「渡せる」と彼は言った。「受け取れるかどうかは、別の話だ」
「受け取れなかった人は、いるんですか」
「おった」
「どうなったんですか」
「そこで切れた」と老人は言った。「切れた先のことは、誰も知らん。知らんから、なかったことになる」
彼は、平らなところのほうへ杖をついていった。
「四十年ぶんが切れたことが、この島には何度かある。何度あったかは、わしも知らん」




