二票
盟約会は、夏に始まった。
島のいちばん平らなところに、人が集まった。屋根はない。天幕もない。この島の者は建てない。船が神殿だと言う者もいると、老人が言った。言う者もいる、というだけで、決まった言い方ではないらしかった。
集まったのは、思っていたより多かった。
四百を超える盟がある。全部の盟から代表が来るわけではないが、それでも平らなところは埋まった。
座る場所が決まっていた。前のほうに票の多い者が座り、後ろへ行くほど少なくなる。いちばん後ろは立っていた。立っている者は喋れない。
わたしは、外にいた。
外というのは、座る場所の外側だった。捕虜は入れない。入れないが、追い出されもしない。荷の脇に座って、聞いていた。
老人は、中にいた。
彼は票を持っていない。持っていないのに、いちばん前にいた。記録者だからだった。
始まりは、彼の声だった。
前の年の全部を、彼は言った。どの盟が何度出て、何を持ち帰って、誰が帰らなかったか。長かった。半日かかった。半日のあいだ、誰も口を挟まなかった。
聞いていて、わたしは自分の名が出ないことに、途中で気がついた。
出るはずがなかった。捕虜は数に入らない。
北五峡の名も出なかった。
出たのは、二度目の遠征に出た盟の名と、出て帰った者の数と、持ち帰った量だった。どこへ行ったかは言われたが、そこに誰が住んでいたかは言われなかった。
言う必要がないからだった。戦功録は、こちらが何をしたかの記録で、向こうに何が起きたかの記録ではない。
記録というのは、そういうふうにできていた。
言い終わると、彼は座った。
そのあとが、話し合いだった。
言葉が分からないので、何を話しているのかは分からなかった。ただ、声の調子と、立ち上がる者の位置で、いくつかのことは分かった。
前のほうの者が立つと、静かになった。後ろのほうの者が立つと、途中で誰かが遮った。遮られた者は座った。
同じ言葉が、何度も出てきた。
わたしは、その音を覚えた。
夕方に、老人が出てきた。
「なにを話してたんですか」
「南の条約だ」
「三年後に切れるやつですか」
「そうだ」
彼は荷に寄りかかって、脚を投げ出した。
「切れたあと、どうするかを話しておった」
「どういう意見が出たんですか」
「二つだ」と老人は言った。「一つは、切れる前に南のどこかと組んでおけ、というやつだ。組めば、殴られる側から外れる」
「もう一つは」
「切れるまでに、取れるだけ取っておけ」
あと三年しかないなら、三年ぶん取る、という言い方だった。
わたしは、その言葉を聞いた。
「三年で、どのくらい取れるんですか」
「取れる量は決まっておる」と彼は言った。「南の畑は毎年同じだけできる。三年ぶんは三年ぶんだ」
「じゃあ、意味がないんじゃないですか」
「意味はある」と老人は言った。「三年ぶんを三年で取るのと、三年ぶんを一年で取るのは違う。一年で取れば、あとの二年、向こうは立ち直っておらん」
わたしは、黙った。
「どっちが多かったんですか」
「まだ決まっておらん」と彼は言った。「二月かかる」
日が落ちて、平らなところの人が減りはじめた。
老人は動かなかった。動けないからでもあった。
わたしは、訊いた。ずっと訊こうと思っていたことだった。
「三度出て帰ってきたら、盟に入れるんですよね」
「入れる」
「入ったら、票を持てるんですよね」
老人は、こちらを見なかった。
「持てん」
わたしは、彼のほうを向いた。
「持てないんですか」
「盟の者になる。それだけだ」と彼は言った。「票は、出て帰った回数で入る。捕虜のあいだの三度は数に入らん。入ってから出て、帰ってきて、そこで初めて二つ入る」
「あの人も、そうだったんですね」
毛皮を貸してくれた男のことだった。刻印が一つしかない男。三度死にかけて、それが一度も刻まれていない腕。
「そうだ」
わたしは、しばらく何も言えなかった。
「三度のあとで、また出るんですか」
「出る」
「何度」
「喋れるようになるまでだ」と老人は言った。「前のほうに座るには、票が要る。票を積むには、出続ける。積んでおるあいだに、刻印が増える。刻印が増えれば、体が減る」
「減りきったら」
「喋れるようになったころには、たいてい死んでおる」
彼は、平らなところのほうを見ていた。人がまばらになって、前のほうに座っていた者たちだけが残っていた。
「だから、あそこには年寄りがおらん」
わたしは、自分の腕の内側に手を当てた。二つ。あと二つ。
出続ければ、二つでは足りない。三つ目を刻む日が来る。四つ目も来る。四つ刻めば、そこで止まる。止まったあとも、出続けなければ票は積めない。
積み終わる前に、体が終わる。
そういう仕組みになっていた。
「じゃあ、票を持つのは、無理ですね」
「無理だな」
わたしは、平らなところの、いちばん前のあたりを見ていた。老人が半日かけて喋った場所だった。
「あの、訊いていいですか」
「訊け」
「記録者には、票があるんですか」
「ない」
「じゃあ、なんで前にいるんですか」
老人は、そこで初めてこちらを向いた。
「喋るんじゃない」と彼は言った。「読み上げるんだ」
わたしは、彼の顔を見た。
「読み上げる者は、票が要らん」と彼は言った。「要らんが、読み上げたものが、その年にあったこと全部になる」
風が、平らなところを渡っていった。
「わしは四十年やった」と老人は言った。「落ちたところには、それらしい数を入れた。わしが入れた数は、わしが入れたと分かっておる。わしが死ねば、それも分からんようになる」
彼は杖を持ち直した。
「あんた、読めるんだったな」
「読めます」
「書けるか」
「少しなら」
老人は、平らなところのほうへ顎をしゃくった。
「次を決めておかんと、三日喋りっぱなしで死ぬことになる」




