教える
戸には閂がかかっていなかった。
閂は内側にある。内側にあるものは、中に人がいなければかけられない。誰もかけないまま、この戸は一年閉まっていた。
わたしは開けた。
中は、去年と同じ匂いがした。木の匂いだけだった。
匂いだけが同じだった。
去年、わたしはこの中で一晩かけて柱を読んだ。明かりを持ち込めないので、外の雪明かりを戸から入れて、あとは指で読んだ。刻みの底に指を入れて、端まで撫でて、途切れたところで数を一つ足す。
そのときの指の感覚を、わたしはまだ覚えていた。
そして、半分になっていた。
柱は、手前のほうだけ残っていた。奥の、木の色が黒くなっていたもの。刻みの底が指でなめらかになっていたもの。あれが全部なかった。
抜いた跡が、床に残っていた。柱を抜いたら屋根が落ちるはずなのに、落ちていない。落ちないように、抜いたところへ新しい柱が入れてあった。
刻みのない、白い柱だった。
新しい木だった。切ったばかりの色をしていた。
この谷の者が入れたのではないと、そのとき思った。この谷の者なら、伐ったところに種を埋める。埋めてから使う。急いで柱を入れ替える余裕は、去年のこの谷になかったはずだった。
入れたのは、持っていった側だった。持っていくときに屋根が落ちないよう、先に代わりを立ててから抜いた。
丁寧な仕事だった。運び出した者は、この建物を壊すつもりがなかった。壊さないで、中身だけ持っていった。祭具として登録して、古いところだけを聖都へ移した。
残っているのは、手前の柱だけだった。
減り方の、最後のところだけが残っていた。増えた年も、落ちた年も、戻りきらなかった年も、そこには入っていない。手前の柱だけを見れば、この谷はずっとこのくらいの量を取っていたように見える。
増えも減りもしていないように見える。
減っているのを知っているのは、奥の柱を見た者だけだった。奥の柱は聖都にある。聖都でそれを見る者は、それが何かを知らない。祭具として棚に置かれる。
棚に置かれた柱を読む者は、たぶんいない。読めば、この谷が何年でどれだけ減ったかが分かる。分かる者が、それを読まない場所へ運ばれた。
わざとやったのではなかった。古いほうが祭具らしく見えたからだった。
わざとでないほうが、たちが悪かった。
わたしは、残った柱に手を当てた。
外で声がした。
盟の者が、掘ってあるところの入り口の板を外していた。中を覗いて、それから何か言った。
わたしは戸口へ出た。
彼らは、次に木のほうへ行った。太い木の幹を叩いて、音を聞いていた。それから斧を持ってきた。
わたしは走った。
走って、斧を持っている男の前に立った。
男は、こちらを見た。わたしを押しのけようとして、押しのける手を止めた。捕虜を殴らないという決まりがあるわけではない。ただ、面倒だからだった。
わたしは、木を指して、首を横に振った。
それから、自分の腹を叩いて、地面を指した。
食い物は下にある、という意味に見えるかどうか、自信はなかった。
男は、しばらくわたしを見ていた。それから、後ろの誰かに何か言った。誰かが短く返した。返された言葉に、笑いが混じっていた。
笑われても構わなかった。斧が下りていないことのほうが大事だった。
わたしは、掘ってあるところの、少し離れた斜面を指した。
男は分からないという顔をした。
わたしは、その斜面のほうへ歩いて、途中で振り返った。ついてこいという意味の身振りを、この島で何度も見ていた。同じことをした。
男は、ついてきた。
斜面の、木の根が張り出しているところに、平たい石が置いてあった。去年の秋に、わたしはそこを覚えていた。冬に入る前の集まりのあと、若い者が何人かでそこを掘っていた。
冬の蓄えは、掘ってあるところとは別に置く。掘ってあるところは人が寝る場所で、人が寝る場所に全部を置くと、火が出たときに全部なくなる。
だから分けて埋める。
去年の秋、集まりのあとに若い者が数人でここを掘っていた。わたしは離れたところから見ていただけで、手伝わなかった。手伝わせてもらえなかった。あのときのわたしは、勘定に入っていなかった。
勘定に入っていない者が、その場所を覚えていた。
入れてもらえなかったから、見ていた。見ていたから、覚えた。
わたしは石をどけた。
土は柔らかかった。柔らかいというのは、一度掘って埋め戻したところだということだった。掘り返す道具は要らなかった。手で払うと、麻の袋の口が出てきた。
男が、後ろで何か言った。
ほかの者が集まってきた。
袋は、いくつも埋まっていた。乾した木の実と、燻した肉と、それから穀物が少し。この谷で穀物というのは、南から買ったものだった。買える量は多くない。
盟の者が、それを掘り出しはじめた。
斧は、そのまま木のところに置かれていた。誰も木を伐らなかった。伐る必要がなくなったからだった。
わたしは、記録小屋のほうを見ていた。
戸が開いたままになっていた。中は暗くて、手前の柱の列が、光の入るところにだけ見えていた。
袋が全部掘り出されるまで、わたしはそこに立っていた。
数えていた。
袋の数と、大きさと、担ぐ者が何人で何度往復したか。老人のやり方だった。人と回数なら、数より少ない。少ないものを覚えて、あとから掛ける。
数えながら、それをどこへ書くつもりなのかは考えていなかった。
書く場所がないのに、数えていた。手が勝手に動くのと同じだった。
それから、後ろで音がした。
木のあいだから、人が出てきた。
杖をついていた。




