北へ
二度目の遠征は、夏の前だった。
盟約会までに戻らなければならないので、遠くへは行かない。行き先が決まったと聞いたのは、船の修繕が終わった日だった。
決め方も、そのとき見た。
灰狼盟の者が浜に集まって、シグリが二つか三つの行き先を言った。言われた者が順に何か言い、言い終わると、それで決まった。手も挙げなかったし、数も取らなかった。
あとで老人に訊くと、決めるのは率いる者だと言われた。
「じゃあ、あれは何をしてたんですか」
「反対がおらんことを、みんなに見せておるんだ」と老人は言った。「率いた者が失敗すれば、票が三つ引かれる。引かれるのは率いた者だけだ。だから、決めるのも率いた者だけでいい」
「北だ」と老人が言った。
わたしは手を止めた。
「北って、どこですか」
「峡だ」
「南三峡ですか」
「北のほうだ」
わたしは、詰め物を押し込む道具を置いた。
「北五峡ですか」
老人は、こちらを見た。
「よく知っとるな」
わたしは答えなかった。
「あそこには、何もありませんよ」
「知っとる」
「木の実と、魚と、獣だけです。麦はありません。畑もありません。人も、多くありません」
「知っとる」と老人はもう一度言った。「毎年、行っとるからな」
「毎年、何を取ってるんですか」
「取れる年と、取れん年がある」
「取れない年は」
「出たことにはなる」
わたしは、その言い方を、そのときはまだ飲み込めていなかった。
「じゃあ、なんで」
彼は杖の先で、地面に線を引いた。船の底の形ではなかった。ただの直線を一本引いて、その端に短い線を足した。
「これは何ですか」
「一度出た、という印だ」
「刻印みたいですね」
「同じことだ」と老人は言った。「腕に刻むか、地面に引くかの違いだ。地面のは消える。腕のは消えん。だから腕に刻む」
「盟約会までに、もう一度出ておかねばならん盟がある」
「出れば、票が二つ」
「そうだ」
「取れなくても」
「出て帰れば二つだ」と老人は言った。「持ち帰ったかどうかで変わるのは、率いた者の票だけだ。乗っておっただけの者は、出て帰れば二つ入る」
わたしは、線を見ていた。
「じゃあ、取るために行くんじゃないんですね」
「取れれば取る。取れんでも、出たことにはなる」
「取れないと分かってて出るのは、恥ずかしくないんですか」
老人は、その言葉に少し驚いた顔をした。
「恥」
「はい」
「誰に対してだ」
わたしは答えられなかった。
「出ん者のほうが恥だ」と彼は言った。「うちでは、そう決まっとる」
「取るものがない場所だと分かってて、行くんですか」
「分かっとるから行く」と老人は言った。「守りがおらん。守りがおらんところなら、たいてい帰ってこられる。帰ってこられれば、票が入る」
わたしは、そこで言葉が出なくなった。
北五峡には、盟約会がない。票もない。あそこの人たちは、冬に入る前に集まって、何がどれだけあって何人いるかを数えて、割って、割った数を柱に刻む。刻んだ数を超えたら取らない。
この島の人たちは、集まって、誰が何度出たかを数えて、数えた回数で誰が喋れるかを決める。
どちらも数えていた。
数えた結果、片方の谷の冬が、もう片方の票になる。
その形は、南でも見たものだった。
灰縁の村の灰は、東へ運ばれて聖都の穹堂の壁になった。北五峡の若い者は、籍を作って南三峡へ働きに出て、戻らなかった。焼かれた村の麦は、この島の冬になった。
どこでも、下のほうにあるものが上へ運ばれていた。運ばれた先で、それは別の名前になった。壁になり、労賃になり、票になった。
運ばれた側には、名前が残らなかった。
「あそこの人は、冬をどうやって越すんですか」
老人は、少しのあいだ黙った。
「訊いたことがない」
「訊いてください」
「誰にだ」
わたしは答えられなかった。
その日の夕方、わたしは修繕場の裏で、板の切れ端に線を引いていた。
北五峡の柱を、外へ出しておきたかった。頭の中にあるだけでは、いつか落ちる。老人は落ちたところに「それらしい数」を入れたと言った。わたしはまだ落としていないが、落とさない保証はどこにもなかった。
短い線を、列にして刻んだ。
刻んでいるあいだ、手つきがヘルヴィのものになっているのに気づいた。
刻む家で見た手つきだった。線を引くのではなく、置いていく。置いたものが自分から広がるように、深さを揃える。あの人は鉄で人の皮膚にやっていた。わたしは板にやっていた。
道具が違うだけで、やっていることは同じだった。消えないところへ、消えないものを置く。
十九本ぶんは、板の切れ端一枚には入らなかった。三枚に分けた。
刻み終わって、わたしはそれをしばらく見ていた。
それから、火に入れた。
見つかれば、何を書いたのかを訊かれる。訊かれて答えられなければ、答えられるまで訊かれる。この島には、書いたものを見た者がいない。見たことのないものが持ち込まれると、どうなるかは分からない、と老人は言った。
分からないもののほうが、まだましだと思ったことは何度かあった。
けれど、あの島で紙を出すというのは、南のやり方を持ち込むということだった。南のやり方は、書いたものが人を決める。書ける者が全部を決める。
わたしは、書ける者だった。
書ける者が一人しかいない場所で書きはじめたら、その一人が全部を決めることになる。
板が燃えているあいだ、わたしは頭の中でもう一度数え直した。
奥から手前へ、十九本。
落ちているところは、まだ一つもなかった。




