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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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一度

島へ戻るまでに、また五日かかった。

行きより長かった。荷が重いからだった。麦の袋を積んだ船は沈み、沈んだぶん遅い。掻き出す水の量も増えた。

戻った港は、出たときの岸とは違った。もっと奥まったところで、両側が岩だった。船を並べて繋ぐ場所が決まっていて、その順番も決まっていた。

順番は、前の年の戦功で決まると老人が言った。票の多い盟の船が、いちばん出やすい場所に繋ぐ。出やすい場所というのは、次に出るときに先へ行けるということで、先へ行けばまた取れる。

取った者が、次も取りやすいようにできていた。

北の谷では、割り方を間違えた年はみんなで飢えた。ここでは、間違えた者だけが沈んでいく。

麦は、その場で降ろされなかった。

降ろす前に、数えられた。

わたしは、それを見ていた。動けるようになったばかりで、まだ立っているのがやっとだった。荷の上に座って、下で行われていることを見ていた。

袋を運ぶ者がいて、数える者がいて、数えた数を言う者がいた。言う者は、老人だった。

彼は、数えた数を口に出して繰り返していた。繰り返しながら、指を折らなかった。折らないで覚えていた。

口の動きを見ていて、やり方が分かった。

数をそのまま覚えるのではなかった。袋を運ぶ者の順番と、その者が何度往復したかを覚えていた。人と回数なら、数より少ない。少ないものを覚えて、あとから掛ける。

わたしが柱の列を歩数に合わせて送っていくのと、似ていた。

覚える者は、覚えやすい形に直してから覚える。誰にも教わらないで、同じところへ行き着いていた。

数え終わると、彼は岩の上に立って、それを言った。

長く言った。数だけではなかった。誰が何をしたかも言っていた。言葉は分からなかったが、名前だけは聞き取れた。シグリの名が何度か出た。ほかの名も出た。

そのあいだ、盟の者は黙って聞いていた。

聞いている顔を、わたしは見ていた。

聞いているのに、確かめている顔ではなかった。自分の名が出るのを待っている顔だった。出れば、それが今年の自分になる。出なければ、今年は出なかったことになる。

一人だけ、途中で顔を上げた者がいた。上げて、また下げた。何かが違っていたのだと思う。違っていても、何も言わなかった。

言えば、老人の言ったことが間違いになる。間違いになれば、記録者が要らなくなる。要らなくなったあと、誰が覚えるのかという話になる。

誰も、書いていなかった。

紙もなかった。板もなかった。柱に刻む者もいなかった。この島には、記録小屋がなかった。あるのは、この老人一人だった。

言い終わると、老人は岩から下りた。

わたしのところへ来て、腰を下ろした。

「一度だ」と彼は言った。

「はい」

「あと二度」

「はい」

彼は港のほうを見ていた。荷が降ろされていた。

「訊いてもいいですか」

「訊け」

「さっき言ったことは、全部、覚えてるんですか」

「覚えとる」

「去年のも」

「覚えとる」

「その前も」

「覚えとる」

わたしは、彼の横顔を見た。

「全部でどのくらいですか」

老人は、初めて答えるのに間を置いた。

「四十年ぶんだ」

「四十年」

「わしが記録者になってからだ。その前のは、前の記録者が覚えておった。あれが死ぬときに、わしに全部言った。三日かかった」

「三日、喋りっぱなしで」

「そうだ」

「途中で寝ないんですか」

「寝る」と老人は言った。「寝て、起きて、続きを言う。続きから言えるように、順番を決めてある」

「どんな順番ですか」

「古いほうからだ」

わたしは、記録小屋の柱のことを考えていた。あれも、奥が古くて手前が新しかった。

古いほうから並べるというのは、どこでも同じらしかった。新しいほうから並べると、途中で足すたびに全部ずれる。

わたしは、その三日のことを考えた。

死にかけている人間が、四十年ぶんの数を喋る。聞いている人間が、それを覚える。書いたものは残さない。書けないからだ。

「それ、減りませんか」

「減る」と老人はあっさり言った。「わしが受けたときも、いくらか落ちておった。落ちたところは、わしのほうで埋めた」

「埋めたって」

「それらしい数を入れた」

わたしは、彼のほうを向いた。

「それでいいんですか」

「よくない」と彼は言った。「よくないが、空けておくよりましだ。空いておると、そこに好きな数を入れる者が出る」

彼は杖で地面を叩いた。

「わしが入れた数は、わしが入れたと分かっておる。わしが死ねば、それも分からんようになる」

港では、麦の袋が並べられていた。運ぶ者が、順に肩へ載せていく。

「あんたは、読めるんだったな」

「読めます」

「書けるか」

わたしは、少し考えた。

「少しなら」

「書いたら、どうなるんですか」

「知らん」

「知らないって」

「この島で書いたものを見た者がおらん」と老人は言った。「見たことのないものが持ち込まれると、どうなるかは分からん。良くなるかもしれんし、そこから先は書いた者が全部を決めることになるかもしれん」

彼は杖を持ち直した。

「南では、書いておるんだろう」

「書いてます」

「うまくいっとるか」

わたしは、答えなかった。

「わしもそう思う」と老人は言った。

そのあと彼は何も言わないまま、ずいぶん長いこと、港のほうを見ていた。

わたしは、自分の頭の中の柱を数え直していた。奥から手前へ、十九本。落ちているところは、まだ一つもなかった。

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