二日
船縁に手をかけたところで、上がった状態が切れた。
切れるのは、思っていたよりも急だった。世界の速さが戻って、戻ったときに、こちらの体だけが置いていかれた。手の力が抜けて、船縁から滑った。
腕を掴まれた。
引き上げられて、荷の上へ転がされた。転がされたところで、指一本動かなかった。
引き上げたのは、あの毛皮を貸した男だった。刻印が一つしかない男。
彼はわたしを荷の上へ置くと、まくれていた袖を下ろした。
それだけのことだった。それだけのことに、なぜか長く助けられた。
顔だけは動いた。
わたしは、船の中を見た。
四人で下りて、戻ったのは二人だった。背の高い女が、男の子を背負ったまま船尾にいた。二人とも濡れていて、震えていた。
ランは、いなかった。
葦の中で手を離したときのことを、わたしは何度も思い返した。
離したのは彼女のほうだった。二人で伏せていれば揺れが大きくなる。大きくなれば見つかる。だから離して、別のほうへ走った。
走れば見つかる。見つかれば追われる。追われているあいだ、こちらは見つからない。
そういう計算を咄嗟にしたのか、それとも何も考えないで走ったのかは、分からない。
分からないほうへ、わたしはずっと考えないようにしていた。
盟の者も減っていた。減った数を、わたしは数えなかった。数えたくなかった。数えなくても、漕ぐ場所に空きがあることは見れば分かった。
船が出た。
川を下るのは、上がるより速かった。それでも、葦を抜けるまでのあいだ、岸から何度か矢が来た。船の縁に刺さったものが、そのまま揺れていた。
シグリが船尾へ来た。
彼女はわたしの前にしゃがんで、右腕の袖をまくった。線を見た。
線の周りが、変わっていた。
盛り上がっていた白いところが、前より広がっていた。腕の内側の、彫ったところから指三本ぶんほど外側まで、色が抜けていた。触られても、触られたことが分からなかった。
一度使っただけで、これだけ広がった。
ヘルヴィの指は、第一関節から先だった。あの人は何度使ったのだろうと思った。訊いたことがなかった。刻む家の人間は、自分が何人ぶん決めたかを言わない。自分が何度使ったかも、たぶん言わない。
メレの指も、同じ白さだった。あの人は一度も使っていないと言っていた。使わなくても、そうなる。
使えば、速くなるというだけのことだった。
シグリは、その広がりを親指で撫でた。
それから、何か言った。
老人が来て、訳した。
「使ったな、と言っている」
わたしは答えられなかった。口が動かなかった。
「返事は要らん」と老人は言った。「見れば分かる」
シグリはもう一つ言った。今度は長かった。
老人は、少し迷ってから訳した。
「使う刻印を持っておるのか、と訊いておる」
わたしは、まだ動けなかった。
「うちの者の刻印は、たいてい何もせん」と老人は言った。「数えるために刻む。使えるものを刻む者もおるが、一つか二つだ。残りは記録だ」
彼はわたしの腕を見ていた。
「あんたのは、二つとも使えるものだな」
わたしは、目だけを動かした。
シグリは立ち上がって、船の中を見回した。空いている漕ぎ場を見ていた。
それから、こちらを見ないで何か言った。
老人が訳すのを、少し待った。
「一度目は済んだ、と言っている」
二日のあいだ、わたしは荷の上にいた。
動けないというのは、痛いのとは違った。痛みはなかった。体があるという感じがしなかった。息はしていた。目も動いた。飲まされたものは飲み込めた。それ以外は何もできなかった。
背の高い女が、ときどきわたしの向きを変えてくれた。同じ向きで寝ていると、下になったところが冷えるからだった。彼女は一言も喋らなかった。喋らないまま、二日それをやった。
その二日のあいだ、わたしは頭の中で数えていた。
北の谷の柱を、奥から手前へ。十九本。一本ずつ、列の長さを。
数えていないと、別のことを考えてしまう。ランのことと、あの年寄りの女が訊いたことと、それから、葦の中で膝の下にいた人の顔を。
あんたらは、冬をどうやって越すんだい。
わたしは、その質問に答えられなかった。
答えは知っていた。この島は自分の土地で人の五分の一しか食えない。だから奪う。奪ったものを売って、売った銭で買う。買っても足りないから、また奪う。
それを言えば、答えになる。
ならなかった。
あの人が訊いていたのは、そういうことではなかったからだ。
あの人は、こちらを人だと思って訊いていた。
麦を持っていく者にも冬があると思っていた。持っていくのは、持っていかないと冬を越せないからだろうと思っていた。だから訊いた。
その通りだった。通りなのに、答えると、こちらの冬のために向こうの冬を取ったことになる。
取った。実際に取った。わたしは岸で待っていただけだが、待っていた船に積まれた。
三日目の朝に、指が動いた。
動いたのは右手の小指からだった。動かそうとしたのではなく、勝手に動いた。動いたことに気づくのに、しばらくかかった。
わたしは、自分の腕の内側に、動くようになった指を当てた。
二つ。あと二つ。
そのうち一つは残せと、ヘルヴィは言った。
残したまま死んだら無駄になる、とわたしは訊いた。無駄になる、とあの人は言った。それでも残せと言った。無駄にして死ぬ者と、使い切って死ぬ者がいて、後のほうが早い、と。
一度使って、二日動けなくなった。動けないあいだ、船の上にいた。船が沈まなかったから、生きている。
次に使うときも、同じだけ運がいいとは限らなかった。




