城は食えない
明け方に、船は葦から出た。
進んだのは短い距離だった。曲がりを一つ越えて、岸の低くなっているところで止まった。そこから畑を横切れば、村がある。塔のある街ではなかった。街はもっと上流で、そこには城壁と兵がいる。
「城は落とさん」と老人が言っていた。「城は食えん」
落とせないからではないと彼は言った。落とせば守らねばならない。守れば人を置く。人を置けば、その人の食い物が要る。取りに来た者が、取った先に住みつくのは割に合わない。
「土地は要らんのだ」と老人は言った。「うちには土地の勘定がない。盟は船だ。船は土地に紐づかん」
欲しいのは分け前だけだった。だから彼らは土地を取らない。取らないから、毎年また来る。
水に入った。
老人の言ったとおり、わたしには首まで来た。冷たいというより、痛かった。足の指の感覚が最初に消えて、次に膝が言うことをきかなくなった。ランがわたしの腕を掴んで引いた。掴まれていなければ、たぶん流されていた。
小さい男の子は、背の高い女が背負った。
背負われた子は、声を出さなかった。冷たさで出ないのか、出さないと決めているのかは分からなかった。
水に入る前に、背の高い女がその子の口を手で塞いだ。塞いだまま入って、岸へ上がるまで離さなかった。
自分の子ではないのだと、わたしはそのとき思った。自分の子なら、たぶん違うやり方をする。
岸へ上がって、伏せた。
濡れた服が地面に触れて、体温が抜けていくのが分かった。動かないでいるほうが寒い。それでも動かなかった。
音を聞いた。
鉄は鳴らなかった。
風の音と、遠くで鶏が鳴く音と、それだけだった。畑の向こうに家の屋根が見えて、そこから煙が上がっていた。細くて、まっすぐな煙だった。
わたしは、後ろを振り返って、手を上げた。
船から人が下りはじめた。
そのあとのことを、順を追って書ける気がしない。
村の者は、たいてい眠っていた。起きていた者が声を上げて、上げた声で残りが起きて、それから走りはじめた。走る先は畑のほうだった。畑には隠れる場所がなかった。
盟の者は、走る者を追わなかった。
追わないというのは、シグリが決めていることだった。追えば散らばる。散らばれば、集めるのに時間がかかる。時間をかけるほど、守りが集まってくる。だから追わない。人を取るのではなく、納屋を取る。
人を取るのは、納屋を取ったあとだった。走らなかった者と、走れなかった者だけを取る。追いかけて捕まえるのは、手間に見合わない。
見合うかどうかで全部が決まっていた。この島のやり方には、怒りも憎しみもなかった。あるのは、割に合うか合わないかだけだった。
割に合わないから殺さない者と、割に合うから殺す者がいて、その線がどこにあるのかを、わたしはまだ知らなかった。
納屋の場所は、探すまでもなかった。どの村でも同じところに建っている。家より大きくて、窓がなくて、戸が高い。
麦の袋が運び出された。運ぶのは盟の者で、わたしたち四人は運ばなかった。運ばせてもらえなかった、という言い方が正しい。わたしたちは岸へ戻されて、そこで待たされた。
待っているあいだに、火が上がった。
納屋ではなかった。家のほうだった。
「なんで燃やすんですか」とわたしは老人に訊いた。老人は岸に残っていた。脚のせいで、村へは行けない。
「取ったものを追われんようにするためだ」
「家を燃やしても、麦は戻りません」
「戻らん」と彼は言った。「だが、燃えとる家を放っておいて追いかけてくる者はおらん」
「じゃあ、追ってこられそうにないときは、燃やさないんですか」
「燃やす」
「なんでですか」
老人は、そこで少し考えた。
「昔からそうしとるからだ」と彼は言った。「理由を訊かれたのは、初めてかもしれん」
わたしは、北五峡の柱を思い出していた。
理由のない決まりだけが何百年ももつ、とグリムは言った。あの人は、返す作法のことを言っていた。同じことが、奪う側にも起きていた。
わたしは、燃えている屋根を見ていた。
その村には、穹堂がなかった。塔のある街まで行かないと穹堂はない。だからこの村の子供は、儀の日に街まで歩くのだろうと思った。
わたしも、そうやって歩いた。
麦の袋が船へ積み終わるまで、思っていたよりずっと時間がかかった。積むのは重い。船は浅いので、積みすぎると擦る。積んでは並べ直し、並べ直しては積んだ。
そのあいだに、一人だけ、村から出てきた者がいた。
年寄りの女だった。走れなかったのだと思う。彼女は燃えている家のほうから歩いてきて、岸のほうへ来た。誰も止めなかった。止める値打ちがないと思われていた。
彼女は、積み込まれていく麦の袋を見ていた。
それから、こちらを見た。
わたしと目が合った。
彼女は何か言った。わたしの知っている言葉だった。二年ぶりに聞く言葉だった。
「あんたらは、冬をどうやって越すんだい」
わたしは、答えられなかった。
言い方が、責める言い方ではなかった。畑仕事の合間に、隣の家の者へ声をかけるときの言い方だった。うちの母が市場で同じ調子で喋るのを、聞いたことがある。
彼女は、わたしを南の子だと思ったわけではなかった。あの場にいた誰にでも、同じことを訊いたのだと思う。麦を全部持っていく者に向かって、あんたらは冬をどうするのかと訊いていた。
彼女は、答えを待っていたのではないようだった。言い終わると、また燃えている家のほうへ歩いていった。
老人が横で言った。
「なんと言った」
「分かりません」とわたしは言った。




