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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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麦の川

わたしは、その塔をずいぶん長いこと見ていた。

この国のどこにでもあるものだった。それでも、見た瞬間に息が詰まった。詰まってから、なぜ詰まったのかを考えた。

蝋燭の匂いを思い出したからだった。匂いを思い出すというのは、匂いがしていないのに、鼻の奥がその形になることだった。

形が同じだった。わたしの街の穹堂と、屋根の傾きが同じで、天辺の細いところの立ち方が同じだった。同じ形のものを、同じように建てる決まりがあるのだと、そのとき初めて分かった。

同じ形の建物の中には、同じ形の台があって、同じ銀の盆が置いてある。

その盆に手を入れる日が、この土地の子供にも毎年来る。

わたしがいま乗っている船は、その子たちの村の納屋を取りに来ていた。

盆に手を入れて白と出た子が、この冬に麦を失う。光った子は連れて行かれて、麦のことを心配しなくてよくなる。

どちらがましなのかを、また決められなかった。

「南だ」と老人が言った。

「知ってます」

彼はこちらを見た。

「どこの南だ」

わたしは答えなかった。

「言わんでいい」と彼は言った。「言えば、あんたはこの船で別のものになる。道を知っている者は、道を訊かれる」

川は思っていたよりも広かった。

広いのに浅い。船の底が何度か擦った。擦るたびに漕ぎ手が竿へ持ち替えて、押した。この船が浅くできている理由が、そこでもう一度分かった。

竿で押すときは、全員が同じ側に立った。片側へ寄せて船を傾け、底の擦っているところを浮かせて、それから押す。手順があった。手順があるということは、毎年ここを通っているということだった。

浅くなる場所まで覚えている。そういう相手に、この国は備えていなかった。

両岸に麦の畑が続いていた。冬なので、刈ったあとの茎が残っているだけだった。

畑と畑のあいだに、道があった。道は畑の縁を通って、遠くの塔のほうへ伸びていた。

その道を、荷車が一台走っていた。

こちらを見て走っているのではなかった。ただ走っていた。荷車の速さは、船の速さと同じくらいだった。しばらく並んで進んだ。

御者はこちらを見なかった。川に船がいることに、気づいていないようだった。

「気づかないんですか」

「船は川を上がらんものだと思っておる」と老人が言った。

「でも、目の前にいます」

「目の前におっても、船だと思わん」と彼は言った。「あるはずのないものは、見えても見えん。人はそういうふうにできとる」

わたしは、その荷車を見ていた。

麦を運ぶ車ではなかった。荷台に樽が積んであった。樽を運ぶのは、たいてい塩か、油か、酒だった。

御者は一人で、連れはいなかった。荷を積んで一人で走るというのは、その道が安全だと思っているということだった。

あの道を、あと何日か経ってから走る者は、同じようには走らないだろうと思った。

日が傾くころ、船は止まった。

葦の中へ突っ込んで、そこで待った。火は焚かない。声も出さない。漕ぎ手が交代で眠り、起きている者は水の音を聞いていた。

夜のあいだに、シグリが船尾へ来た。

老人に何か言い、それからわたしの前にしゃがんだ。前と同じように、右の袖をまくって、腕の内側を見た。

線の周りは、もう完全に塞がっていた。塞がったところが、白く盛り上がっていた。

彼女は指でそこを押した。

押されて、痛くなかった。押した形が残らないで戻った。

彼女は何か言った。

「使えるな、と言っている」と老人が訳した。

わたしは答えなかった。

シグリはもう一度、何か言った。今度は短かった。

「使うか、と訊いておる」

「意味が分かりません」

老人は伝えた。シグリは笑わなかった。彼女は自分の腕の線を一つ叩いて、それから川上のほうを指した。

「明日、先に下りたときに、使うかと訊いておる」

「使ったら、どうなるんですか」

「上がる」

「そのあとは」

「二日、動かん」

「動かないあいだ、どうなるんですか」

老人が伝えた。

「荷と一緒に置く、と言っている」

「戦ってる最中でもですか」

「戦っておる最中に倒れた者は、拾える者が拾う」と老人は言った。「拾う者がおらんかったら、置いていく」

「さっき、置いていかないと言いました」

「船まで戻れた者は置いていかん、と言ったんだ」と彼は言った。「戻れんかった者の話はしておらん」

わたしは、ヘルヴィの言ったことを思い出していた。開けて、三つ数えて、それから使う。打たれない場所で開けろ。使わないで済むなら、それが一番だ。

「使いません」

老人が伝えた。

シグリは、少し首を傾げた。それから、また何か言った。

「なぜだ、と」

「一度しか使えないからです」とわたしは言った。「一度使ったら、二日動けません。二日のあいだに、船は帰ります」

老人が伝えた。

シグリは、そのとき初めて笑った。

「置いていく、とは言っておらん、と言っている」

「置いていかないんですか」

「動かん者は、船へ積む」と老人が訳した。「荷と同じだ。積んで帰る」

わたしは、そのことを考えた。

考えて、それでも答えは変わらなかった。

「使いません」とわたしはもう一度言った。「使わないで済むなら、それが一番です」

老人が伝えた。

シグリは、しばらくこちらを見ていた。

それから、自分の首の付け根の線に指を当てて、何か言った。

老人は、少し間を置いてから訳した。

「そう言った者が、いちばん長く生きる、と言っている」

彼女は立ち上がった。

「そのかわり、いちばん役に立たん、とも」

彼女は船首のほうへ戻っていった。

わたしは老人のほうを向いた。

「あの人は、七つ目を刻まないんですよね」

「刻まん」

「それも、いちばん役に立たないってことになりませんか」

老人は、しばらく黙っていた。

「なるな」と彼は言った。

「じゃあ」

「じゃあ、と言われてもな」と老人は言った。「自分に当てはめて考えん者は、たいてい人にだけよく喋る」

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