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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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返すものがない

その日の夕方、船は川岸へ寄せられた。

上陸するのではなく、水を汲むためだった。汲む者が下りて、残りは船に残った。シグリは下りなかった。

岸には人家がなかった。汲む場所は決まっているらしく、船は迷わずそこへ寄せた。何度も通っている川だった。

この船は、同じ道を毎年通っているのだと思った。同じ川を上がって、同じ村を焼いて、同じ場所で水を汲む。焼いた村がまた建っているから、また焼ける。

彼女は船尾へ戻ってきて、老人の隣に座った。

わたしは、訊いた。訊く相手を選んでいる場合ではなかったし、船の上で訊けることは限られていた。

「わたし、北の谷にいました」

老人が伝えた。

「そこの人たちは、取ったら返すって言ってました。木を伐ったら植える。取った量を柱に刻んで、決めた数を超えたら取らない。そういうふうにしてました」

シグリは聞いていた。

聞き方が丁寧だった。途中で遮らなかったし、退屈そうな顔もしなかった。老人が訳し終わるまで、こちらの顔を見ていた。

この人は北の作法を知っているのだと思った。知っていて、それでも別のことをしている。知らないでやっているのとは違った。

「あなたたちは、返さないんですか」

老人が伝えた。伝え終わると、シグリはこちらを見た。

彼女は短く答えた。

「返す、と言っている」と老人は言った。

「返すんですか」

「死ぬときに返す」

「え」

「海へ沈める」と老人は言った。「うちでは、死んだ者は埋めん。海へ沈める。それが返すということだ。生きているあいだは奪う。返すのは、その一度きりだ」

シグリはまた喋った。今度は長かった。老人は途中で止めて、順に訳した。

「海は魚から奪う」

「魚は小魚から奪う」

「返す者だけが取ってよいという決まりは、返せる土地に生まれた者の言い草だ」

「我々の島には、返すものがない」

シグリは、それを言ったあとで少し付け足した。

「あんたの言う北の谷も、返してはおらん、と言っている」

「返してます。木を植えてます」

老人が伝えると、シグリは首を振った。

「植えた木は、伐った木ではない、と言っている」

わたしは口をつぐんだ。

「伐ったものは戻らん。似たものがあとから生えるだけだ。それを返すと呼んでいるだけだ、と」

わたしは、何か言おうとした。

言うことが見つからなかった。

北五峡で、グリムは言っていた。木を伐ったら植える。植えないと、次に伐る木がない。それだけだ、と。あれは筋が通っていた。通りすぎるほど通っていた。

けれど、あれは木のある土地の理屈だった。

「あなたたちの島には、木がないんですか」

老人が伝えた。

シグリは首を横に振った。それから、指で薄い厚みを示した。

「土が薄い」と老人が言った。「火の山の島だ。掘ると石が出る。麦は、島全部でも人の五分の一しか食えん」

「残りは」

「奪う。買う。傭う」

「買うお金は」

「奪ったものを売る」

わたしは黙った。

輪になっていた。奪ったものを売って、売った銭で買って、買ったものが足りないから、また奪う。

「その輪、いつからですか」

老人は分からないという顔をした。

「ずっと前からだ」

「ずっとって、どのくらい」

「わしの祖父の代には、もうやっておった」

「毎年やるんですか」

「毎年だ」

「毎年、足りないんですか」

「足りん」

「足りないのが分かってるなら、島を出ればいいんじゃないですか」

老人が伝えると、シグリは笑わないで答えた。

「出た者はおる、と言っている」

「どうなったんですか」

「よその土地の者になった」と老人は言った。「よその土地には、よその土地の足りなさがある。そこでも下のほうに置かれる。下のほうに置かれた者は、票を持てん」

「じゃあ、来年も」

老人が伝えると、シグリは何か言った。短かった。

老人は訳すのを少し迷った。

「来年のことは、来年出た者が決める、と言っている」

わたしは、記録小屋の柱を思い出していた。

奥から手前へ、列が短くなっていく柱を。減り方はまっすぐではなく、増えた年もあり、それを上回る幅で落ち、少し戻って、戻りきらないまま次が落ちる。

北の谷は、取る量を刻んでいた。刻んでいるのに減っていた。

この島は、刻まないで奪っていた。

どちらも足りなかった。

どちらも、なぜ足りないのかを知らなかった。

「あの」

老人がこちらを見た。

「北の人たちは、取りすぎてはいけないって言ってました。でも、なんでいけないのかは、誰も知らないんです。ずっと前からそう言われてるから、そうしてるだけで」

老人は、それをシグリに伝えなかった。

「聞かせないんですか」

「聞かせても、同じことを言うだけだ」と彼は言った。「返せる土地の言い草だ、と言う」

彼は水を汲んで戻ってくる者たちのほうを見ていた。

「わしは、あんたの言うほうが気になるがな」

「え」

「なんで足りんのだ、という話だ」と老人は言った。「わしは若いころ、南の畑を焼いた。焼いた翌年、そこはまた麦を作っておった。三年目にも作っておった。土は減らん。魚も、獲りすぎなければ戻る。木も植えれば伸びる」

彼はもう一度、自分の動かない脚を叩いた。

「なのに、どこもかしこも足りんようになっていく。わしが子供のころより、いまのほうが足りん」

「どうしてですか」

「知らん」と彼は言った。「知らんが、あんたも同じことを訊いておる」

「わたしのほかにも、訊いた人がいるんですか」

「おった」と彼は言った。「ずっと前に、南の坊主が一人、捕まってこの船に乗ったことがある。あれも同じことを訊いておった」

「その人は」

「三度出て、二度目で死んだ」

老人は水を汲む者たちのほうを見たままだった。

「訊いた者が生き残った例を、わしは知らん」


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