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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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灰狼盟

船は、思ったよりも狭かった。

漕ぐ場所が両側にあって、真ん中の細い通路に荷が積んである。屋根はない。雪が積もると誰かが掻き出す。人はその荷のあいだと、漕ぎ手の足元に押し込まれた。

わたしたちは、船尾に近いほうへ入れられた。

峡から出るとき、わたしは水の色を見ていた。

浅い船だというのは、斜面から見たときの印象だった。乗ってみると、水面が近いというのはこういうことかと分かった。手を伸ばせば届いた。船縁の高さがわたしの胸ほどしかなくて、揺れると水が入ってきた。

こんなもので海を渡るのかと思った。

それから、その浅さの意味が分かった。

船は峡を出て、海へは向かわないで、海沿いに走った。走って、次の川の口へ入った。川を上がった。

わたしの街には川があった。あの川を、船が上がってくることを、誰も考えたことがなかった。船が来るのは港で、港は海にあるものだった。

この船は、川を上がる。

上がった先には、港ではないものがある。

港には守りがある。城もある。城には兵がいる。

川の上には、それがない。あるのは村だった。

城は食えない、とあとで老人が言った。城を落とすには何日もかかるし、落としても中にあるのは石と兵で、麦は外の村にある。だから城には近づかない。守備隊が集まる前に、外だけ取って離れる。

そのために、船が浅くできている。

一日目の夜に、右へ分けられた者の数が減った。

減ったのではなく、別の船へ移されたのだと、あとで分かった。船は一隻ではなかった。峡に入ったときは何隻いたのか、わたしは上から見て数えていなかった。数えておけばよかったと思った。

同じ船に残ったのは、わたしと、わたしより少し年上の女が二人と、男の子が一人だった。

女たちはこの土地の言葉しか話さなかった。男の子は何も話さなかった。

その子は、わたしより小さかった。灰縁の村へ運ばれる馬車で、灰塔ってなんですかと訊いた女の子と、同じくらいだった。

二日ほど何も食べなかった。三日目に、漕ぎ手の一人が干した魚を割ってよこして、それは食べた。

誰も、その子を殴らなかった。誰も、優しくもしなかった。荷と同じ扱いだった。荷は殴らない。

漕ぎ手は、途中で交代した。

交代の仕方に順番があった。誰がいつ漕ぐかが決まっていて、決まったとおりに動いた。誰も指図しなかった。北五峡の仕事の割り振りに似ていたが、あちらは順番がなくて回っていたのに対して、こちらは順番がきっちりあって回っていた。

順番を破る者はいなかった。破れば次の遠征でどうなるかが決まっているのだと、あとで分かった。この島のことは、たいてい次の遠征でどうなるかで決まっていた。

夜になると、火は焚かなかった。

船の上で火を焚けば見える、というだけではなかった。焚くものがなかった。木は積んでいなかった。積んでいたのは、麦の袋と、塩と、峡から持ち出したものだった。

三日目に、老人が話しかけてきた。

この船で、その人だけが老人だった。ほかの者はみんな若かった。若いというより、若い者しかいなかった。

「南の子か」

こちらの言葉だった。訛りが強く、グリムのものとも違っていた。

「はい」

「わしはヘズという」

彼は船尾の荷にもたれていた。片方の脚を投げ出していて、その脚は膝から下が動いていないようだった。

動かないのは怪我のせいではないと、あとで知った。刻印を脚に入れた者が、そこから硬くなっていく。彼は若いころ、脚に二つ刻んでいた。

「なんで脚に刻んだんですか」

「速く走れるからだ」と彼は言った。「若いときは、みんな脚に刻む。走れば死なんと思っておるからな」

「読めるか」

「読めます」

「何を」

「数です」

老人はしばらく黙った。

「数だけか」

「文字は、少しだけ」

「どっちの文字だ」

わたしは答えなかった。答えれば、どこの子かが分かる。

老人は、それ以上訊かなかった。

「わしは読めん」と彼は言った。「この船で読める者はおらん。わしは記録者だが、読むのではなく、覚えて言う」

「覚えるんですか」

「戦功録だ」と彼は言った。「誰が何回出て、何回帰って、何を持ち帰ったか。それを覚えて、盟約会で言う。言ったとおりに票が決まる」

「書いてないんですか」

「書いてある」と彼は言った。「書いてあるものを、わしが読み上げることになってる。読めんから、覚えて言う。合ってるかどうかを確かめる者もおらん」

彼は笑った。笑い方が乾いていた。

「間違えたことは」

「一度もない」と老人は言った。「間違えたら、その者の票が減る。減った者は次の遠征で先に立たされる。先に立った者は帰らん」

わたしは、そのつながりを頭の中で追った。

読めない記録者が、覚えたものを口で言う。それがそのまま、誰が死ぬかを決めている。

「あの人は、いくつ持ってるんですか」

わたしは、あの女のほうを見て訊いた。彼女は船首のほうにいた。何もしていなかった。座って、前を見ていた。

「シグリか」

「名前ですか」

「シグリ・アスクドッタ。灰狼盟を率いてる」

「刻印が六つありました」

老人は、そのときこちらを見た。

「数えたのか」

「はい」

彼はしばらく何も言わなかった。

「あれは、あと一つ刻める」と彼は言った。「刻めば七つだ」

「七つ刻んだら、どうなるんですか」

「十年で石になる」

「じゃあ、刻まなければ」

「刻まん者は、票が増えん」と老人は言った。「票が増えんと、次の遠征で先に立たされる。先に立った者は帰らん」

わたしは、その筋道を並べ直した。

刻めば十年。刻まなければ、次の冬。

どちらを選んでも短かった。短いほうを自分で選ぶ形にだけ、なっていた。

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