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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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28/96

 板

裏の壁の下のほうに、板を外して人が出られるだけの隙間があった。

わたしは知らなかった。ヘルヴィが蹴ると、外れた。外から見えないように、外側にだけ薄い板が張ってあったのだと、あとで思った。

刻む家を建てた者は、そこから人が逃げることを考えていた。板が持ち出せるように、人が出られるだけの隙間を空けてある。

考えていたということは、必要になったことがあるということだった。

「行け」

「ヘルヴィは」

「行けと言った」

わたしは腕に包みを抱えて、隙間から出た。出たところは斜面で、下が見えた。雪が斜面を白くしていて、その上を人が動いていた。

上のほうへ逃げるつもりだった。

上のほうへ逃げるのだと、下から上がってくる者たちも知っていた。

わたしが斜面を登りはじめたとき、上から回り込んでくる影が見えた。二人。走っていなかった。歩いて、斜面を横に切って、こちらの行く先を塞ぐように下りてきていた。

わたしは止まった。

止まって、腕の内側に手を当てた。

彫ったばかりのところは、まだ血が滲んでいた。押せば開く。開けて、三つ数えて、それから使う。ヘルヴィはそう言った。

三つ数えるあいだに、あの二人はここまで来る。

わたしは、開けなかった。

代わりに、板の包みを雪へ落として、その上に雪をかけた。

かけている途中で、腕を掴まれた。

掴んだ手は素手だった。冬の斜面で、手袋をしていなかった。掴まれたところが冷たくないので、その手が硬いのだと分かった。振り向くと、手首から先が白かった。

その男は、わたしを引き起こしただけで、殴らなかった。急いでいるようでもなかった。峡の底で何が終わって何が終わっていないのかを、こちらが知らないだけだった。

抵抗はしなかった。しても意味がないことは分かっていたし、暴れれば包みのほうを見られる。わたしは足を滑らせて座り込んで、そのまま引きずられた。

引きずられながら、雪をかけた場所を覚えた。

斜面の中ほど、折れた木の根方から、左へ大股で何歩。数えた。数えるのは得意だった。

峡の底へ下ろされると、そこにはもう人が集められていた。

三十人ほどいた。ほとんどが女と子供と、年寄りだった。走れた者は逃げたのだから、残っているのはそういう者だった。

集められた者は、順に見られた。

見ているのは、腕を出した男たちだった。彼らは一人ずつの前に立って、顔を見て、手を見て、口を開けさせた。それから、何か短く言う。言うと、その者は右か左へ分けられた。

わたしは、その分け方をしばらく見ていた。

年寄りは、みんな左だった。左へ行った者は、その場に座らされて、それきりだった。

若い女と、大きい子供は右だった。

小さい子は、左だった。

左が何なのかは、まだ分からなかった。

分かったのは、右へ行った者が、みんな歩けて、口が利けて、何年か働けそうな者だということだった。

そして、左へ行った者の中に、泣いている者がいなかった。声を出す者もいなかった。この土地の者は、そういうときに声を出さない訓練を受けているらしかった。

北五峡でも、峡でも、灰縁の村でも同じだった。減るのが当たり前になっている土地の人間は、減るときに黙る。

わたしの番になった。

前に立った男は、思っていたより若かった。ヨルグより若い。腕には刻印が二つあった。彼はわたしの顔を見て、手を取って、掌を上に向けさせた。

指の先の白いところを見ていた。

見ている時間が長かった。ほかの者のときは、手を取ってすぐ離していた。

わたしは、その白いところが何に見えるのかを考えていた。灰縁の村では村じゅうが同じ手をしていたから紛れた。ここでは紛れなかった。この土地では、指の先が白い子供は一つの意味しか持たない。

しばらく見て、それから袖を掴んで、まくり上げた。

腕の内側に、彫ったばかりの線があった。血が乾ききっていなかった。

男の顔が変わった。

彼は後ろを向いて、誰かを呼んだ。

呼ばれてきた者を見て、わたしは、それがこの集団の中で違う立ち方をしていることが分かった。歩き方が違ったのではない。まわりの者が、その人のために少しずつ場所を空けた。

女だった。

背は高くなかった。この土地の女としては低い。髪を短く刈ってあって、耳の後ろに何か彫ってあった。

腕を出していた。

両腕に、線が入っていた。数えた。左に三つ、右に二つ。それから、首の付け根に一つ。

六つ。

首に彫るのは最上位の戦士だと、ヘルヴィの峡で聞いたことがあった。首から上に刻印がある者は、同時にもう長くない者だ、とも聞いた。

わたしはその首の線を見た。周りの皮膚が、顎の下まで白かった。

線の周りは、全部白かった。腕の白は、肘から上まで続いていた。手を握ったり開いたりするたびに、その皮膚は動かないで、下の筋だけが動いた。

彼女はわたしの腕を見た。

見て、少し笑った。

それから、こちらの言葉ではない言葉で、何か短く言った。

まわりの男たちが笑った。

わたしを掴んでいた男が、わたしを右へ押した。

押されて、右の列へ入った。

入ってから振り返ると、彼女はもうこちらを見ていなかった。次の者の前へ行って、同じように顔を見て、手を見ていた。

何を言われて笑われたのかを、わたしはずいぶんあとになって知った。

刻む家に子供を売る親がいる、という意味のことを、彼女は言ったのだった。北の峡にはそれを商売にしている家があると、この島の者は思っていた。

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