二つ目
三日目の朝に、司祭は記録小屋へ行った。
わたしはそのとき、水を汲みに出ていて、戻る途中で見た。司祭と書記が一人、槍を持った男が三人。彼らは小屋の戸を開け、中へ入り、しばらくして出てきた。
司祭は出てきたところで振り返り、小屋の壁を見上げていた。
その日の午後、彼は木の下でこう言った。
「あの小屋の中のものは、記録だと聞きました」
グリムは黙っていた。
「何を記録したものかも聞きました。誰が何を取ったか。よくできた仕組みだと思います。人が飢えないための、実際的な工夫です」
彼は本気で感心しているようだった。
「ただ、それを柱に刻んで、建物にして、代々守っている。それは工夫ではありません」
「なんだ」
「祭具です」
木の下が静かになった。
「わたしが決めたことではない」と司祭は言った。「目録がそうなっている。柱に刻まれた記号を恒久の建物に納めて祀るものは、祭具として扱う。そう書いてあるのです。書いてある以上、わたしはそう扱うほかない」
「祀ってない」
「では、なぜ建てたのですか」
グリムが言葉に詰まった。
「潰れないようにです」とわたしが言った。
全員がこちらを見た。
「雪が乗ると潰れるから、ここの人は建物を建てません」とわたしは言った。「でも、記録は濡れると読めなくなります。だから、あの小屋だけ建ててあるんです。祀ってるんじゃなくて、屋根が要るからです」
司祭は、しばらくわたしを見ていた。
「南の子か」
「はい」
「上手に喋る」と彼は言った。「どこの」
わたしは答えなかった。
「まあいい」と司祭は言った。彼はもうこちらを見ていなかった。「あなたの言うことは筋が通っている。だが、筋が通っているかどうかで決まるものではないのです。目録に照らして、そう扱う。それだけのことなので」
彼は書記のほうを向いた。
「明日、片づけます」
その晩、掘ってあるところで、人が集まった。
言葉は分からなかったが、何を話しているかは分かった。壁を剥がして持ち出すという案が出て、剥がせば読めなくなると誰かが言った。柱に刻んであるのは、柱ごとでないと意味をなさない。写せばいいという者がいて、写せる者がいないと誰かが言った。
わたしは言った。
「わたしが読めます」
グリムが顔を上げた。
「読んで、どうする」
「覚えます」
「覚えられるのか」
「柱の数は、数えました」とわたしは言った。「一つの柱に、列がいくつあるかも数えました。全部は無理です。でも、古い柱から順に、列の長さだけなら覚えられます」
「それだけ覚えて、何になる」
「減り方が分かります」
彼は何も言わなかった。
「それが一番大事なことだと思います」とわたしは言った。「誰が何を取ったかは、その年の人にしか要りません。でも、どれだけ減ってきたかは、これから先の人に要ります」
その夜、わたしは記録小屋にいた。
明かりは一つ。持ち込むと火事になるので、外の雪明かりを戸から入れて、あとは指で読んだ。
一番奥の柱から始めた。列の長さを数え、数を口の中で言い、次へ移る。数えた数を忘れないために、灰縁の村で覚えたやり方を使った。数を数えて、数えた数をもう一度数える。数えられた側は、数え返さずにいられない。
明け方近くに、腕の内側が痛みはじめた。
痛みではなかった。あの熱だった。押していないのに、勝手に開こうとしていた。
わたしは押さえた。ヘルヴィが言ったとおり、押さえた。押さえたまま数を数え続けた。
戸のところに、グリムが立っていた。
いつからいたのかは分からない。彼は入ってこなかった。
「済んだか」
「まだです」
「済まなくていい」と彼は言った。「明日、あんたは南へ下りろ」
「え」
「あの坊主は、あんたを見た」と彼は言った。「上手に喋る南の子を見て、どこの、と訊いた。訊いて、答えがなかった。あれは訊いたことを忘れん」
わたしは柱から手を離した。
「小屋は」
「潰される」
「じゃあ」
「潰される」とグリムはもう一度言った。「あんたが数え終わっても、潰される。数え終わらなくても、潰される。同じだ」
「同じじゃない」
「同じだ」
彼は杖を持ち直した。
「ただ、あんたが覚えて出ていけば、外に残る」
わたしは、その言葉の意味が分かるまでに少しかかった。
「外に」
「この土地にあるあいだは、いつでも潰せる」と彼は言った。「あんたの頭の中にあるものは、潰しに来るのに、あんたを見つけないといかん」
彼は戸の外へ出た。出てから、こちらを見ないで言った。
「あの坊主は、朝に来る」
わたしは残りの柱を数えた。
数え終わったのは、外が白みはじめてからだった。
小屋を出ると、谷の下のほうで、天幕のあたりに人が動いていた。まだ小さかった。上がってくるのに、少し時間がある。
わたしは自分の腕の内側に手を当てた。
一つ目は、隠すためのものだった。使えば白と出る。使ってから一刻は、次が使えない。
いま使えば、上がってくる者たちの前で盆に手を入れても、白と出る。出るが、それだけだった。上手に喋る南の子が、どこの子か答えられないまま白と出たところで、司祭は訊いたことを忘れない。
わたしは、そこで初めて、残りの数のことを本当に考えた。
三つ。
グリムは谷の下り口に立っていた。荷を一つ持っていた。わたしのぶんだった。
「南へ下りろと言いましたよね」
「言った」
「南に、刻む家があります」
彼は黙った。
「ヘルヴィのところです」とわたしは言った。「一つ刻んでもらいました。あと三つ刻めます」
「三つ刻んだら、どうなる」
「十年もちません」
グリムは荷を地面に置いた。
「なら、刻むな」
「刻まないと、覚えたものを持って出られません」
「持って出るのは、頭だ。刻みは要らん」
「要ります」とわたしは言った。「あの人は、わたしを見た。見た人が探しはじめたら、走らないといけません。走れる体が要ります」
風が谷を上がってきた。太い木の葉が、まとめて鳴った。
グリムはわたしの顔をずいぶん長く見ていた。
「あんたは、いくつだ」
わたしは答えた。
彼は何も言わなかった。
それから杖を持ち替えて、下り口の斜面を指した。
「行け」
わたしは荷を取った。
歩きだしてから、一度だけ振り返った。太い木の下に、彼は立っていた。その向こうに記録小屋の屋根が見えて、そのもっと向こうに、上がってくる人の列が見えた。
わたしは、彼らが小屋に着く前に、谷を出た。
腕の内側は、まだ熱かった。使っていないのに熱かった。
二つ目を刻むことに、そのときにはもう決めていた。




