取りすぎてはならない
冬の終わりに、グリムはわたしを記録小屋へ連れていった。
雪が緩んで、屋根から落ちるものが増えていた。中は暗く、板の隙間から入る光が、柱に細い筋を作っていた。
彼は一番奥の柱の前に立った。
柱には順番があった。奥から手前へ、古いものから新しいものへ並んでいる。小屋の奥行きが決まっているので、手前まで埋まったら、一番奥のものを外して焼く。
「焼くんですか」
「焼く」とグリムは言った。「入らんからな」
「もったいなくないですか」
「もったいない」と彼は言った。「だから、焼く前に読む。読んで、覚えてる者が死ぬまでは残る」
彼は一番奥の柱に手を置いた。
「これは、おれの祖父の代のものだ」
わたしは見た。刻みの列が、上から下まで詰まっていた。列の数も多かった。
「多いですね」
「多い」
彼は隣へ移った。
「これが父の代だ」
列は、少し短かった。
「これがおれの若いころ」
もっと短かった。
「これが去年」
一番手前の柱は、隙間が目立った。
わたしは奥から手前まで、もう一度歩いた。歩きながら、列の長さを目で拾っていった。
減り方は、まっすぐではなかった。増えた年もある。三年か四年続けて増えたあと、それを上回る幅で落ちる。落ちたところから、また少し戻る。戻りきらない。戻りきらないまま、次が落ちる。
遠くから見ると減っていて、近くで見ると増えたり減ったりしている。どちらも本当だった。
わたしは、一番奥から手前へ、順に見ていった。
「魚が減ってるんですか」
「魚も減ってる」とグリムは言った。「木も遅い。実も落ちる年が飛ぶ」
「どうしてですか」
「知らん」
「誰か知ってる人は」
「いない」
彼は柱に手を置いた。
「取りすぎたからだと、みんなが言う」
「取りすぎたって、誰が」
「分からん。おれたちは取りすぎてないつもりだ。だから刻んでる。刻んでるのに減る」
「ほかの土地の人が取ってるってことは」
「隣の谷も同じだ」とグリムは言った。「あっちの柱も見た。似たような減り方をしてる」
「南は」
「知らん。南は刻まん」
彼は柱に手を置いたままだった。
「刻まん土地がどれだけ取ってるかは、誰にも分からんのだ」
わたしは、その柱の列を目で追った。
「じゃあ、なんで取りすぎてはいけないんですか」
グリムが振り向いた。
「なんだと」
「決まりの理由です」とわたしは言った。「木を伐ったら植えるのは、次に伐る木が要るからです。それは分かります。でも、取りすぎてはいけないというのは、違いますよね。取りすぎたら足りなくなるって話なら、足りなくなった年だけ気をつければいい。そうじゃなくて、この土地の人は、余ってる年も刻んでます」
「刻む」
「余ってる年に刻む理由が、分かりません」
彼は何も言わなかった。
「教えられたことを、そのままやってるだけですか」
「そうだ」とグリムは言った。
「誰から」
「祖父から。祖父は自分の祖父から」
「一番はじめは」
「知らん」
彼は柱から手を離した。
「そういう訊き方をした者は、あんたが初めてじゃない」と彼は言った。「若い者はときどき訊く。訊いて、答えがないと分かると、そのうち訊かなくなる」
「答えがないんですか」
「答えのある決まりは、たいてい破られる」とグリムは言った。「理屈が分かれば、理屈の通らない場合が出てくる。今年は多いから少しくらいいいだろう、と誰かが言う。言われると、断る理屈がなくなる」
彼は戸のほうへ歩いた。
「理由のない決まりだけが、何百年ももつ」
「でも、理由が分かったら、もっと守れるんじゃないですか」
「守る者は増えるだろうな」とグリムは言った。「そのかわり、理由を否む者が出る。理由のあるものは、理由を潰せば要らなくなる。理由のないものは潰しようがない」
彼は戸のほうへ歩きかけて、止まった。
「南の坊主が、あの小屋を祭具だと言うだろう」
「まだ言われてません」
「言う」と彼は言った。「理由のない決まりを持ってる者を、あいつらは信心と呼ぶ。信心と呼べば、目録に入る」
わたしは柱の前に残っていた。
一番奥の柱と、一番手前の柱を、もう一度見比べた。
そして、それを思い出した。
穹堂の裏で袋の口を縫っていた日のことを。司祭のよく通る声を。今年の認可は百二十だと言った、あの声を。
例年どおりだ、と彼は言った。
定められた数だ、と。
多く出た年も、少なく出た年も百二十。豊作の年も凶作の年も百二十。理由は言わなかった。訊かれもしなかった。訊かれなかったから、六百年もった。
この土地では、取りすぎてはならないと言われている。理由は誰も知らない。
南では、百二十だと言われている。理由は誰も訊かない。
わたしは、その二つが同じ形をしていることに気がついた。
同じ形をしているのに、片方は取る量を減らすための決まりで、もう片方は生かす人数を減らすための決まりだった。
どちらも、何かが足りないという前提の上に建っていた。
足りないという前提だけが、南と北で共通していた。
南では、足りないから百二十に絞る。北では、足りないから取る量を刻む。どちらも足りないことを知っている。知っているのに、なぜ足りないのかを、どちらも言わない。
南は言わないのだと思っていた。この土地に来て、北は知らないのだと分かった。
では、南はどちらなのか。
「グリムさん」
戸口で彼が止まった。
「なんだ」
わたしは、うまく言葉にできなかった。訊きたいことの形が、まだできていなかった。
「なんでもないです」
「そうか」
彼は外へ出た。
わたしは暗い小屋の中で、柱の刻みに指を当てていた。上から下へ、列を撫でていくと、古い柱の刻みは深く、新しい柱の刻みは、少し浅かった。
浅いのは、刻む道具が変わったからではなかった。
刻む量が減っていた。




