↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/96

取りすぎてはならない

冬の終わりに、グリムはわたしを記録小屋へ連れていった。

雪が緩んで、屋根から落ちるものが増えていた。中は暗く、板の隙間から入る光が、柱に細い筋を作っていた。

彼は一番奥の柱の前に立った。

柱には順番があった。奥から手前へ、古いものから新しいものへ並んでいる。小屋の奥行きが決まっているので、手前まで埋まったら、一番奥のものを外して焼く。

「焼くんですか」

「焼く」とグリムは言った。「入らんからな」

「もったいなくないですか」

「もったいない」と彼は言った。「だから、焼く前に読む。読んで、覚えてる者が死ぬまでは残る」

彼は一番奥の柱に手を置いた。

「これは、おれの祖父の代のものだ」

わたしは見た。刻みの列が、上から下まで詰まっていた。列の数も多かった。

「多いですね」

「多い」

彼は隣へ移った。

「これが父の代だ」

列は、少し短かった。

「これがおれの若いころ」

もっと短かった。

「これが去年」

一番手前の柱は、隙間が目立った。

わたしは奥から手前まで、もう一度歩いた。歩きながら、列の長さを目で拾っていった。

減り方は、まっすぐではなかった。増えた年もある。三年か四年続けて増えたあと、それを上回る幅で落ちる。落ちたところから、また少し戻る。戻りきらない。戻りきらないまま、次が落ちる。

遠くから見ると減っていて、近くで見ると増えたり減ったりしている。どちらも本当だった。

わたしは、一番奥から手前へ、順に見ていった。

「魚が減ってるんですか」

「魚も減ってる」とグリムは言った。「木も遅い。実も落ちる年が飛ぶ」

「どうしてですか」

「知らん」

「誰か知ってる人は」

「いない」

彼は柱に手を置いた。

「取りすぎたからだと、みんなが言う」

「取りすぎたって、誰が」

「分からん。おれたちは取りすぎてないつもりだ。だから刻んでる。刻んでるのに減る」

「ほかの土地の人が取ってるってことは」

「隣の谷も同じだ」とグリムは言った。「あっちの柱も見た。似たような減り方をしてる」

「南は」

「知らん。南は刻まん」

彼は柱に手を置いたままだった。

「刻まん土地がどれだけ取ってるかは、誰にも分からんのだ」

わたしは、その柱の列を目で追った。

「じゃあ、なんで取りすぎてはいけないんですか」

グリムが振り向いた。

「なんだと」

「決まりの理由です」とわたしは言った。「木を伐ったら植えるのは、次に伐る木が要るからです。それは分かります。でも、取りすぎてはいけないというのは、違いますよね。取りすぎたら足りなくなるって話なら、足りなくなった年だけ気をつければいい。そうじゃなくて、この土地の人は、余ってる年も刻んでます」

「刻む」

「余ってる年に刻む理由が、分かりません」

彼は何も言わなかった。

「教えられたことを、そのままやってるだけですか」

「そうだ」とグリムは言った。

「誰から」

「祖父から。祖父は自分の祖父から」

「一番はじめは」

「知らん」

彼は柱から手を離した。

「そういう訊き方をした者は、あんたが初めてじゃない」と彼は言った。「若い者はときどき訊く。訊いて、答えがないと分かると、そのうち訊かなくなる」

「答えがないんですか」

「答えのある決まりは、たいてい破られる」とグリムは言った。「理屈が分かれば、理屈の通らない場合が出てくる。今年は多いから少しくらいいいだろう、と誰かが言う。言われると、断る理屈がなくなる」

彼は戸のほうへ歩いた。

「理由のない決まりだけが、何百年ももつ」

「でも、理由が分かったら、もっと守れるんじゃないですか」

「守る者は増えるだろうな」とグリムは言った。「そのかわり、理由を否む者が出る。理由のあるものは、理由を潰せば要らなくなる。理由のないものは潰しようがない」

彼は戸のほうへ歩きかけて、止まった。

「南の坊主が、あの小屋を祭具だと言うだろう」

「まだ言われてません」

「言う」と彼は言った。「理由のない決まりを持ってる者を、あいつらは信心と呼ぶ。信心と呼べば、目録に入る」

わたしは柱の前に残っていた。

一番奥の柱と、一番手前の柱を、もう一度見比べた。

そして、それを思い出した。

穹堂の裏で袋の口を縫っていた日のことを。司祭のよく通る声を。今年の認可は百二十だと言った、あの声を。

例年どおりだ、と彼は言った。

定められた数だ、と。

多く出た年も、少なく出た年も百二十。豊作の年も凶作の年も百二十。理由は言わなかった。訊かれもしなかった。訊かれなかったから、六百年もった。

この土地では、取りすぎてはならないと言われている。理由は誰も知らない。

南では、百二十だと言われている。理由は誰も訊かない。

わたしは、その二つが同じ形をしていることに気がついた。

同じ形をしているのに、片方は取る量を減らすための決まりで、もう片方は生かす人数を減らすための決まりだった。

どちらも、何かが足りないという前提の上に建っていた。

足りないという前提だけが、南と北で共通していた。

南では、足りないから百二十に絞る。北では、足りないから取る量を刻む。どちらも足りないことを知っている。知っているのに、なぜ足りないのかを、どちらも言わない。

南は言わないのだと思っていた。この土地に来て、北は知らないのだと分かった。

では、南はどちらなのか。

「グリムさん」

戸口で彼が止まった。

「なんだ」

わたしは、うまく言葉にできなかった。訊きたいことの形が、まだできていなかった。

「なんでもないです」

「そうか」

彼は外へ出た。

わたしは暗い小屋の中で、柱の刻みに指を当てていた。上から下へ、列を撫でていくと、古い柱の刻みは深く、新しい柱の刻みは、少し浅かった。

浅いのは、刻む道具が変わったからではなかった。

刻む量が減っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。