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『百二十一人目』 ~魔力を持って生まれた子〜  作者: 音


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樹の下

山は、越えるというより通り抜けるものだった。

峰を跨ぐのではなく、峡と峡のあいだの、水の落ちた跡を辿っていく。両側が高いので日が入るのは真昼だけで、それ以外の時刻はずっと薄暗かった。地面は濡れていて、石が滑った。

ヨルグは馬に荷を積んだまま先を行き、危ないところでは自分が先に踏んで、こちらへ手を出した。

馬は北五峡まで行かない、と彼は言った。途中の隘路で荷を背負い直して、馬は返す。返した馬は勝手に峡へ帰る。何度も通っている馬だからだった。

「帰らなかったら」

「帰らなかった年は、おれも帰ってない」

それが冗談なのかどうか、わたしには分からなかった。

「北五峡は五つある」と、彼はある日そう言った。

道の上でものを説明するのは珍しかったので、わたしは黙って聞いた。

「五つとも貧しい。麦は来ない。来ても値が合わん。だから魚と、獣と、木の実で冬を越す」

「木の実で越えるの」

「越える年もあるし、越えない年もある」

「越えない年は」

ヨルグは答えなかった。少し行ってから、思い出したように付け足した。

「南三峡から人を買いに来る」

「買いに」

「働きに出すという言い方をする」と彼は言った。「出た者が戻った例を、おれは知らん」

彼はそれだけ言って、また前を向いた。

「教会は」

「南三峡までだ」

「ここには来ないの」

ヨルグは少し間を置いた。

「来なかった」

来なかった、という言い方が引っかかったけれど、わたしはそのとき何も訊かなかった。

四日目に、木が変わった。

それまでは細くて背の低いものばかりだったのが、幅の広い谷へ出たところで、急に太くなった。幹が二抱えもあるものが、間隔を空けて立っている。間隔が揃っていた。

自然に生えたものではなかった。

「植えたの」

「植えた」

「誰が」

「知らん」とヨルグは言った。「うちの祖父の祖父よりは前だ」

「じゃあ、この谷の木は、全部」

「植えたやつだ」

「伐ったぶんだけ」

「伐ったぶんだけだ」と彼は言った。「だから減らん。減らんが、増えもせん」

わたしは幹のあいだを歩いた。間隔が揃っているのは、伐った跡に植えたからだった。伐った木の場所が、そのまま次の木の場所になる。何代も続ければ、林は同じ形のまま残る。

同じ形のまま残るというのは、増やさないと決めたということだった。

その谷を下りきったところが、目的の場所だった。

わたしは、着いたことに気づかなかった。

家がなかったからだ。

灰縁の村にも土壁の家はあった。ヘルヴィの峡には木と石の家があった。ここには、それがなかった。あるのは、木の枝を組んで皮を張った低いもので、それは家というより、風を切るための壁が三方に立っているだけのものだった。

そういうものが、太い木のあいだに散らばっていた。

数を数えようとして、途中でやめた。壁の向きがばらばらで、どれが一つの住処なのかが分からなかった。風の来る側にだけ壁を立てるので、住処の形が土地の形で決まる。同じ形のものが一つもなかった。

人はいた。木の下に座り、あるいは立ち、あるいは何かを剥いでいた。近づいてくる者はいなかったが、こちらを見ない者もいなかった。

「ここに住んでるの」

「住んでる」

「冬は」

「冬は下へ入る」とヨルグは言った。彼は足で地面を叩いた。「掘ってある。上に何も建てんのは、建てると屋根に雪が乗るからだ。乗ると潰れる」

彼が荷を下ろすと、何人かが寄ってきた。塩の袋を開けて中を見て、鉄の束を持ち上げて重さを量る。銭のやりとりはなかった。代わりに、燻した肉と、皮と、乾した木の実の袋が出てきた。

量を量る道具は出てこなかった。塩の袋を持ち上げて、肉の束を持ち上げて、片手ずつで比べる。それで決まった。誰も揉めなかった。

あとで知ったことだが、この土地では毎年ほとんど同じものが同じだけ動く。動く量が決まっているので、量る必要がない。量りはじめるのは、量が変わった年だけだった。

そのあいだ、誰もわたしを見なかった。

見ないというのは、灰縁の村の見なさ方とは違っていた。あそこでは、見ないと決めて見ていなかった。ここでは、そもそも視界に入っていないような見なさ方だった。

やりとりが済むと、ヨルグは荷を積み直し、こちらへ来た。

「おれは戻る」

「うん」

「あんたのことは話した。置いてくれるそうだ」

「なんて言ったの」

「南から来た子だ、と」

「それだけ」

「それ以上言うと、それ以上訊かれる」

彼は馬の首を撫でて、それから初めてこちらの顔をまっすぐ見た。

「この土地の者は、来た者を追い出さん。ただし、勘定に入れるかどうかは別だ」

「かんじょう」

「そのうち分かる」

彼は谷を上がっていった。振り返らなかった。ヘルヴィの峡から来た者は、みんな振り返らない訓練を受けているらしかった。

わたしは荷の下ろされた跡のところに立っていた。

しばらくして、木の下から老人が一人、こちらへ歩いてきた。

背は高くなかった。髪はほとんど残っていなくて、残っているところが白く、頭のかたちがそのまま見えた。手が大きかった。指の関節が全部太くなっていて、その指で杖を持っていた。

彼はわたしの前で止まり、上から下まで一度見た。

それから、後ろの太い木を指した。

「あの下だ」と、こちらの言葉で言った。訛りが強かった。「屋根の下で寝たいなら、あっちの掘ってあるところへ行け。木の下でいいなら、あの木だ」

「どっちがいいんですか」

老人は少し考えた。

「木の下は寒い」と彼は言った。「掘ってあるところは、人がいる」

わたしは木を選んだ。

老人は、そのことについて何も言わなかった。うなずきもしなかった。ただ、しばらくして毛皮を一枚持ってきて、木の根元に置いていった。置いてから、こちらを見ないで戻っていった。

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