一つ目
朝は明るかった。沈み月が明けきって、この土地の日が長くなりはじめていた。
刻む家の戸は開けてあった。ヘルヴィは中で炉に火を入れていて、台の上には布が広げられ、その上に細い鉄が並んでいた。前に見たときより数が少なかった。使うものだけを選んで出してあった。彼女は昨夜のうちに選んだらしかった。台の上のものには、火を通した跡がついていた。
「座れ」
木の台の上に座らされた。
彼女はまず、わたしの左の袖をまくり上げた。肘から上の、内側の柔らかいところに指を当てて、しばらく押していた。
「ここだ」
「どうしてそこ」
「見えないところに刻むからだ。この国の者は刻印を隠さない。隠さないのが誇りだからな。あんたは誇る立場じゃない。着物で隠せるところに入れる」
「隠していいの」
「よくはない」とヘルヴィは言った。「この国では、隠す刻みを入れるのは恥だ。彫るほうも恥をかく」
「じゃあ」
「恥をかくのはわたしだ。あんたじゃない」
彼女はそれきり、その話をしなかった。
湯を張った桶が持ってこられて、わたしはそこへ腕を浸けた。皮膚が柔らかくなるまで置くのだと言われた。そのあいだに、台の上の鉄を一本ずつ火にかざしていった。
「何を刻むの」
「決めた」
「なにを」
「言わない」
わたしは彼女を見た。
「刻む家の人間が決める」とヘルヴィは言った。「そう決まってる。彫られる者が選ぶ国もあるが、うちは違う。選ばせると、みんな戦の刻みを選ぶからだ」
「戦の」
「強くなるやつだよ。腕が上がって、脚が速くなって、鉄をまともに受けても折れなくなる。使えば、たいてい勝てる」
彼女は湯から鉄を上げた。
「そのかわり、使ったあと二日動けない」
「二日」
「反動だ。倒れてるあいだに殺された者を、わたしは何人も見た。強くなる刻みで死ぬのは、たいてい勝ったあとだよ」
彼女はわたしの腕を桶から出し、布で拭いた。
「だから、あんたには彫らない」
「じゃあ、なにを」
ヘルヴィは答えなかった。
最初に使ったのは、わたしの持っていた針だった。
彼女はそれを火に通し、腕の内側に、ごく短い線を一本入れた。痛みはあった。想像していたのとは違った。刺す痛みではなく、皮膚が引き裂かれて、その裂け目の底に何か入っていく感じだった。
「動くな」
「動いてない」
「息を止めるな。止めると出る」
なにが出るのかを訊く余裕はなかった。
腕の内側の皮膚は薄い。薄いところは早く裂ける。裂けたところから熱が入って、その熱が骨のほうまで届いた。
痛みが一番きついのは、針が入るときではなかった。抜けるときだった。抜けたあとに、そこへ何かが残る感じがある。残ったものは出ていかない。
線が三本になったところで、彼女は針を替えた。持ち替えるとき、こちらの顔を見た。
「ヴァイダの針で名を入れた」と彼女は言った。「あんたはもう、この家の帳面に載った。載った者は外せない」
「板を作るの」
「作る」
「焼くの」
ヘルヴィの手が、ほんの少し止まった。
「そういうことは、あとで訊け」
彼女の手は止まらなかったが、次の線が少し深く入った。深く入ったところが、あとで一番よく残った。
新しい鉄が入ってきたとき、痛みの質が変わった。
線を引くのではなかった。皮膚の下に何かの形を置いて、置いたものが自分から広がっていくような、そういう入り方をした。腕の内側から肩へ向かって、細い熱が上がった。
わたしは台の縁を握っていた。指の白いところが、明かりの下ではっきり見えた。
「もう少しだ」
「ヘルヴィ」
「喋るな」
「あの人は、なんで見逃したの」
彼女の手は止まらなかった。
「知らんよ」
「ずっと考えてる」
「考えるな。考えても、その男は帳面のほうを選ぶ」
「エルネスもそう言った」
「なら、二人が同じことを言ってる」とヘルヴィは言った。「二人とも、それを自分でやった側だ」
熱が肩まで届いて、そこで止まった。
彼女は鉄を布の上へ置き、わたしの腕を持ち上げて、明かりのほうへ傾けた。
腕の内側に、線が組み上がっていた。短いものと長いもの、角度の違うものが重なって、模様と呼ぶには少なく、印と呼ぶには読めない、あの形になっていた。
血はほとんど出ていなかった。かわりに、線の周りの皮膚が、白く盛り上がりはじめていた。
「これは、なにをするの」
ヘルヴィは布で手を拭いた。拭き終わってから答えた。
「隠す」
「え」
「あんたの中の道を、外から見えなくする」
「ずっと」
「働いているあいだだけだ」と彼女は言った。「刻みは減らない。使ったら冷ます時間が要る。一つ使うと、次に使えるまで一刻かかる。そのあいだは、あんたはただの有脈の子だ」
「一刻」
「その一刻で盆に手を入れられたら、そこで終わりだ」
わたしは自分の腕を見た。
「あの盆に手を入れても、光らない」と彼女は言った。「その刻みが働いているあいだはな。教会が人の中を見る手立ては、あれ一つだ。それを塞いだ」
「じゃあ、白と出る」
「出る」
彼女は台の上を片づけはじめた。片づけながら、背を向けたまま言った。
「一つ使った。あと三つだ。よく考えて使え」
彼女は使った鉄を布で包み、棚のほうへ持っていった。壁の板の列の、空いているところの隣に、新しい板を掛けた。まだ何も彫っていない板だった。
「名前を入れる」と彼女は言った。「言え」
「アステ・ヴァイダドッタ」
彼女は彫りはじめた。木を削る音が、思っていたよりずっと長く続いた。
わたしは腕の内側の、白く盛り上がった線を見ていた。
その日から、わたしの体は減っていくだけになった。




