沈み月
冬が来ると、この国の人間は眠る。
比喩ではなかった。日が短くなるにつれて、家の中の動きが目に見えて減っていく。朝に起きる者が減り、昼に起きている者が減り、しまいには炉に薪を足すのと家畜に餌をやるのと、それだけのために誰かが起きてくるようになった。
沈み月、と彼らはそれを呼んだ。
峡の全部が沈むわけではない。舟を出す者と、家畜を持つ者と、子供を抱えている女は、順に起きて交代する。誰がいつ起きるかは、冬に入る前に決めておく。決めておかないと、峡じゅうが同じ日に沈んで、そのまま何も動かなくなる年がある。
そういう年があったのだと、ヘルヴィが言った。何人死んだかは言わなかった。
わたしを引き受けた家の女はヘルヴィといった。彼女は沈み月のあいだも比較的よく起きていたほうで、それでも一日の大半は炉のそばで横になっていた。起きているときは編んでいた。指だけがずっと動いていた。
背の高い男はスカルドといい、この家の兄だった。彼は完全に沈んだ。薪を割った日から次に薪を割る日まで、間が空きすぎていて、わたしはその男が死んだのかと思って一度覗きに行ったことがある。息はしていた。ただ、息の間隔が長かった。
揺すっても起きなかった。声をかけると、少しだけ眉が動いた。動いて、また止まった。
それが病でないことは、家の誰も心配していないことで分かった。ヘルヴィは兄の顔に毛皮を掛け直して、それだけで済ませた。
わたしは沈まなかった。
眠くなりはしたし、朝はつらかった。けれど、村にいたころと同じ時刻に目が覚めて、同じ時刻まで起きていた。炉のそばで、家じゅうが眠っている音を、わたしは一人で聞いていた。
「半分だな」とヘルヴィが言った。
沈み月の半ばだった。彼女は薄目を開けて、こちらを見ていた。
「北の子は沈む。南の子は沈まない。あんたは半分沈んで半分起きてる」
「よくないこと」
「よくも悪くもない」と彼女は言った。「ただ、どっちの群れにも入らないというだけだ」
「南では、冬に眠らないのが普通だった」
「そうだろうな」
「こっちでは、眠らないのが変」
「変じゃない」とヘルヴィは言った。「半分だと言ったろう。あんたは南でも北でも半分だ。半分は、どっちからも数えられない」
彼女は目を閉じたまま、少し笑ったようだった。
「数えられないのは、悪いことばかりじゃないよ」
彼女はそれからまた目を閉じて、しばらくしてから、閉じたまま続けた。
「その代わり、冬に起きてる子は重宝される。誰かが起きていないと、火が消える」
わたしは火の番になった。
炉の薪を足し、灰を掻き出し、家畜小屋の氷を割る。日が短いので、起きている時間の半分は暗かった。暗いあいだじゅう、家の中には眠っている大人の息の音しかしなかった。
そのころだった。腹の底が焼けるようになったのは。
メレの言ったとおりだった。始まりは背中のあたりで、それが下へ降りて、腹の底で溜まり、そこから出たがった。出たがるものに形はなかった。ただ、出せば楽になることだけが分かった。
わたしは手を動かした。
編み紐を貰って、ヘルヴィの手つきを真似た。下手だった。編んでは解き、解いては編んだ。上手くなる必要はなかった。指が疲れればよかった。
指が疲れても足りない晩は、家畜小屋へ行った。氷を割る。割った氷を運ぶ。運んだ先でもう一度割る。意味のない仕事だったが、腕が上がらなくなるまでやると、腹の底のものが少し静かになった。
この村の年寄りはみんな手の仕事をしている、とメレは言っていた。彼女が言わなかったのは、それがどれだけ長く続くかということだった。一晩ではない。一冬でもない。
ある晩、それでも足りなくなった。
炉の火が小さくなっていて、薪を足そうとして、手を伸ばした。伸ばした指の先が、火に触れる前に熱くなった。
わたしは手を引いた。
引いてから、自分の指を見た。爪の先の下が白いのは、灰縁の村を出てからも消えていなかった。その白いところが、火の色を映しているのではない色で、うっすらと明るくなっていた。
息を止めて、それが消えるのを待った。消えるまで、数えられるほどの間があった。
顔を上げると、ヘルヴィが目を開けていた。
いつから見ていたのかは分からない。彼女は起き上がらなかったし、何も言わなかった。ただ、しばらくこちらを見ていて、それから寝返りを打って背を向けた。
翌朝、彼女はいつもより早く起きた。
沈み月に早く起きるということが、この家でどれだけ普通でないかを、わたしはもう知っていた。
彼女は炉の前に座って、わたしに向かい合った。
「見せろ」
わたしは手を出した。
ヘルヴィは両手でわたしの指を挟み、爪のあたりを親指で押した。押されると、色のないところと、あるところの境が、はっきり見えた。
「使ったな」
「使ってない」
「使ってなくて、これが出るか」
「出るの」
彼女は答えないで、わたしの手を離した。
「ヴァイダの針を持ってる子が、火の前で光る」と彼女は言った。「面倒な子だよ、あんたは」
「使ってない」
「知ってる」とヘルヴィは言った。「使ってないから面倒なんだ。使って出るなら、使わなければ止まる。使わないで出るものは、止め方がない」
彼女は炉に薪を足した。まだ暗い時刻だった。
「南で、あの盆に手を入れたな」
「うん」
「何色だった」
わたしは思い出した。蝋燭より淡い、琥珀を薄く溶かしたような色。
それを言うと、ヘルヴィはしばらく火を見ていた。
「濃いな」と彼女は言った。




