縁を回る道
灰海の北の縁には、関がない。
関がないのは、置く値打ちがないからだった。北縁を回る道は、荷を運ぶには遠すぎ、兵を通すには水が足りず、逃げるにはあまりに具合がよかった。それでも人が通らないのは、通った者がその後どうなるかを、通った者の顔を見た者がみんな知っていたからだった。
関を置く値打ちのない道は、逃げる者にとって一番いい道になる。教会もそれは知っている。知っていて置かないのは、置かなくても人が減るからだった。
エルネスは荷馬車を捨てた。
牛と車を、縁の手前の集落で売った。売った銭で買ったのは、水袋と、干した魚と、布だった。布は分厚く、目が詰まっていて、袋一つぶんあった。
銭は残らなかった。北へ着いてからどうするのかと訊いたら、着いてから考えると言われた。着かない可能性のほうを先に片づける、という順番で物を買う男だった。
「歩きだ」と彼は言った。「車の轍は残る。轍は読まれる」
歩きはじめて半日で、わたしは布の意味を知った。
風はないのに、灰は舞う。歩けば足が地面を叩き、叩けば粉が持ち上がる。持ち上がった粉は落ちてこない。風がないということは、押し流すものがないということで、一度浮いたものはそこに留まりつづける。
自分の踏んだ灰の中を、自分で歩いていくことになる。
先を歩く者ほど得をする。エルネスは、わたしを前に歩かせなかった。
エルネスは布を裂いて、わたしの口と鼻に何重にも巻いた。自分にも巻いたが、わたしより薄かった。
「あんたのぶんが薄い」
「おれは大人だ」と彼は言った。「入るぶんが同じでも、体が大きいほうが薄まる」
その理屈が正しいのかどうかは分からない。ただ、彼は自分のぶんを巻き直すたびに、少しずつ布を減らしていった。
日が判然としない土地では、時刻が分からない。エルネスは歩数で測っていた。決めた歩数を歩いたら止まり、水を口に含み、飲み込まないでしばらく口の中に置いてから飲んだ。喉に灰が張りつくのを剥がすためだった。
「そんなに水があるの」
「ない」と彼は言った。「だから、こうやって飲む」
食い物は日に一度だった。干した魚を裂いて、噛まずに口の中で戻してから飲む。噛むと口が開く。口が開けば入る。灰海では、飲み込むことより口を開けないことのほうが大事だった。
夜がどれなのかも分からなかった。空全体が均等に暗くなり、均等に明るくなる。星が出ない。月も出ない。
眠るのも難しかった。横になると、地面の灰が顔の高さに来る。エルネスは寝るときだけ布を二重にして、そのぶん朝がつらそうだった。厚くすれば吸うぶんは減るが、息が足りなくなる。どちらかを選ぶ道だった。
彼は休むときに、必ず自分の歩いてきたほうへ足を向けて寝た。
「向きを忘れると、戻る」と彼は言った。「戻ったのに戻ったと分からないまま歩く。そういう死に方をした者がいる」
その死に方をした者を、わたしたちは見た。
道の脇に灰の盛り上がったところがあって、エルネスがそこで足を止めた。盛り上がりの端から、布のようなものが出ていた。彼は近寄らなかった。
「掘るな」
「掘らない」
「掘る者がいるんだよ」と彼は言った。「持ち物が残ってるからな。掘って、そのぶん長く留まって、隣に盛り上がりが増える」
わたしたちは歩き続けた。しばらく行ってから振り返ると、盛り上がりはもう見えなかった。同じ色のものの中では、形だけでは何も分からない。
四日目か、五日目に、彼が咳をしはじめた。
村の大人たちの咳とは違った。村の咳は長く、乾いていて、順番が決まっていた。エルネスの咳は短く、深く、咳いたあとで息を吸う音のほうが大きかった。
「布を厚くして」
「いい」
「いいわけない」
彼は歩きながら片手を上げて、それで話は終わりだという合図をした。
その日から、彼の歩数が短くなった。決めた数を歩く前に止まるようになり、止まる回数が増えた。水を口に含んでいる時間も長くなった。
わたしはそのことを口に出さなかった。出せば、彼は歩数を戻す。戻して、そのぶん早く終わる。
そのあとしばらくして、彼は言った。
「おれはもう吸ってる」
「え」
「灰縁の村に、何年いたと思う」
わたしは彼の指を見た。籠を編む手だった。指の先まで、まだ色があった。
「じゃあ、なんで一緒に来たの」
エルネスは答えなかった。歩数を数えていたのかもしれない。しばらくしてから、彼は数を数え終えたような口調で言った。
「北へやる道を知ってる者が、村に一人しかいないからだ」
「それだけ」
「それだけだ」
わたしは彼のあとを歩いた。歩くたびに灰が浮いて、浮いた灰の中を彼が歩き、その中をわたしが歩いた。
そのうち、自分の息の音が変わった。
吸うと、喉の奥のどこかが薄く鳴るようになった。痛みはなかった。ただ、笛の中に紙が入っているような、そういう鳴り方をした。
わたしはそれを、エルネスに言わなかった。
言わないでいるのは、思っていたより簡単だった。
村では、誰も他人の咳を数えなかった。数えれば、数えられた側は自分の残りを知ることになる。知ったところで何ができるわけでもない。だから数えない。数えないというやり方を、わたしは村でひと月そこら見て育っていた。
灰の中では、その育ち方が役に立った。




