7.リリーの苦悩
オリーヴの言う通り、数日も経つと私達は猫の手も借りたい程に忙しくなった。
パーティーなので飾り付けはもちろん、当日の来客の順番や案内の方法など、準備することがとても多かったのだ。
基本的に私は雑用係の侍女だ。お茶会などの会場にもいたりするが、お客様を直接もてなすことはない。やることは空いたグラスを片付けたり、細々としたものを補充したりといった裏方の仕事が多かった。
けれどここまで大掛かりな準備をするのは、私がここで働き始めてから、初めてのことだった。
だからそんな普段の仕事の割り振りに関係なく、皆この修羅場を乗り越えようと、一致団結して頑張っていた。
忙しいけれど、皆の表情はとても明るい。それもフォーサイス公爵家への忠誠心あってのことだろう。
かく言う私も例に漏れず、少しでもパーティーが良いものになるように必死で働いていた。
慣れない仕事もあるので、疲れももちろんあるけれどそれ以上に楽しかった。
そんな私達の息抜きは、夜の寝る前のおしゃべりだ。
今日も同僚のオリーヴ、ヴァイオレット、リリーとおしゃべりに興じていた。
「はああああ。さすがに疲れるねぇ」
「これでもまだまだ序の口よ。何せお客様からすべてのお返事が来ていないもの。 全員の出席が確認出来たら、もっと忙しくなるわよ」
「うわあ……。おめでたいことだけれど、目が回りそう」
オリーヴとヴァイオレットが話すのを聞いて、私もこれで本気の忙しさじゃないのかと遠い目になる。
楽しいとはいえ、夜になると体は疲労を思い出して重くなる。しっかり休んで、体調を崩さないように気をつけないといけない。
そんな風に考えていると、リリーが静かなことに気が付く。
「リリー? 大丈夫?」
私の言葉に、リリーはハッとした様子だった。取ってつけたように、口の端を上げる。
「あ、大丈夫です。はい」
「そんな風には見えないけれど」
どう見ても空元気だ。私の言葉に、オリーヴとヴァイオレットもリリーを心配する。
「何か溜め込んでいるのなら、ここで吐き出しな。良くないよ」
「それとも体調が悪いの? 明日休んでも良いのよ?」
「い、いえ! 体調は大丈夫です! ただ、その……」
リリーは指を所在無さげにこねくり回しながら、ぽつりと言った。
「エドワード様の婚約者が正式に決まってしまうのは、寂しいなと……。もちろん、私がどうこうなる相手ではないのは重々承知なのですが、それでも、なんというか……決まってしまえば、これから今まで通りにはならないんだと思うと……」
リリーの言葉はまとまっていないけれど、言いたいことは理解できた。
リリーは男爵令嬢。公爵家嫡男と不釣り合いなことは、痛いほど分かっている。
けれど分かっていても、期待はしてしまうのは止められない。
そんな厚かましい自分にも、嫌な気持ちになっているのかもしれない。
嫉妬、まではいかない、小さな仄暗い感情。それでもリリーを揺らすには十分な感情なのだろう。
そんなリリーの様子に、私も胸がキュっとなる。
「リリーはいい子だね」
「ジェインさん?」
私はそう言うと、リリーを優しく抱きしめる。今は下ろしてある、サラサラの髪を撫でる。
「じぇ、ジェインさん⁉︎」
「とてもいい子だよ。ちゃんと自分のことを客観的に見ることができてるよ。だってエドワード様のことは、ちゃんと公私を分けていたじゃない。仕事を放置していたわけじゃないもの。けれど気持ちなんて制御出来ないよ。それをちゃんと分かって、コントロールしようとしているのはとても偉いんだよ」
「そ、そんな。私、自分が少しでも期待してしまっていたんだと思うと……男爵令嬢なのに」
リリーを抱きしめながら、そっと頭を撫でる。抵抗はしないけれど反論するリリーに、今度はヴァイオレットが言った。
「歳も近いし、侍女という立場は近づきやすいわ。けれどリリーは、ちゃんと一定のラインから越えようとしなかった。自分の立場をきちんと理解しているからこそ、出来たことよ」
「ヴァイオレットさん……」
「もおぉ。若い子は難しく考えるねぇ!」
「うっ! オリーヴ、いきなり飛びつかないでよ」
オリーヴが私ごとリリーを抱きしめる。容赦ない力で、正直苦しい。
「いいじゃあない! 私達は侍女だよ! 出世のチャンスがあれば飛びつく貪欲さが必要さ! 寿退職するくらいの気概を見せなさい!」
「それは世間体が……」
「何もエドワード様だけが男性じゃあない。傷心を利用して、男性陣の心を掴んでやるのさ! そのくらいしたって構わないよ!」
オリーヴのその言葉は、とても自由だと思った。
けれどそのくらいが良いのかも知れない、なんて思う。
「その言葉、オリーヴもじゃない?」
「ジェインさん⁉︎」
私の言葉に、リリーが驚いたように声を上げる。ちなみにここまでずっと私の腕の中だ。
そんな風に素直にされるがままなのが可愛い。こういう仕草を自然とやれるリリーは、きっと男性を虜に出来るだろう。
「なんだって⁉︎ その言葉、ジェインにも返すね!」
「ちょっと、どうして喧嘩になるの」
私の挑発的な言葉に、簡単にオリーヴが乗る。こういうところが好きなんだよなぁ。
少し暗めだった雰囲気が明るくなる。
ちなみに怒っているオリーヴだけれど、私、というかリリーを抱きしめたままである。
少しヒートアップしたオリーヴを落ち着かせようと、ヴァイオレットがなだめようとする。そんなヴァイオレットが今度は標的になった。
「ヴァイオレットも! 良い人を見つけよう! お客様の中にはヴァイオレットの良さが分かる人が絶対いるよ!」
「全く……別に出会いを求めるのは構わないけれど、仕事には集中しなさいね」
「ヴァイオレットさんまで……」
何もお堅い人たちばかりがパーティーに出席するわけではない。というより夜会なんて、建前はどうであれ出会いを探す場だ。
それに公爵家の侍女は、ある程度身元の保証がないと勤めることが出来ない。そういうことを鑑みれば、決して夢物語ではない。
そんな私達の言葉に、リリーはようやく力を抜いた。
「……分かりました! 私が一番に幸せになるので、ご祝儀をちゃんと包んでくださいね!」
「言ったな! このこの――」
「ちょっとオリーヴ! 私越しにリリーにいたずらしないで! 暑いし苦しい!」
「貴女が先にしたのだから、仕方ないわね。諦めなさい、ジェイン」
「ちょっと、ヴァイオレット止めてよぉ」
そんな騒がしさに、マティルダさんが般若の形相で乗り込んでくるまであと数十秒。
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