6.結束
「ジュリア……サンドラまでっ」
そんな2人に反論しようとするお父様。
けれど表情は変わらないまま、先程とは違って力が宿った声でお母様が続ける。
「レイモンド。確かにジェインはわたくしたちの自慢の娘よ。だから、わたくしたちは幸せになれるように、この事態の早期解決を目指した。けれど現状、まだ完全回復には程遠い。そんな状態が続くならば、ジェイン自身のことを見ないといけなかったの。わたくしたちの考える“幸せ”に押し込めては意味がない。……ごめんなさい、ジェイン。貴女の気持ちに寄り添えていなくて」
「……いいえ。お母様達の気持ちも分かっていましたから」
「私も……」
ジュリアの声は少し震えていて、瞳は今にも溢れ落ちそうなほどに潤んでいる。それでもジュリアは私のために言葉を紡いでくれる。
「私、お姉様が苦しんでいるのを知っていたの。何かしようと頑張っていたのも知ってた。けれど私は、それを見ていることしかできなかった。せめて学園で何か家のために役に立つことをしても、それがお姉様を余計に苦しめているのを見るのは辛かったの」
「ジュリア……」
ついにその翡翠の瞳から涙が零れる。
「ごめんなさい、お姉様」
「そんな、私の方こそごめんなさい。貴女に八つ当たりのようなことをしてしまったこともあるのに」
ジュリアが私に、謝罪しながら抱き着いてくるのを受け止める。この頃は私のせいでジュリアとの関係も少しギクシャクしていた。
それなのに私を想って泣いてくれるジュリアに、感謝と後悔の念が押し寄せて、強くジュリアを抱きしめた。
ジュリアも同じくらい強く抱きしめ返してくれる、少ししてジュリアと離れ、改めてお父様と向き合う。
「勝手なことをしたことは謝罪します。けれど、どうか私をアトウッド伯爵家の者として、お役目をください。守られるだけの存在になることを、私は望みません」
「……ジェイン」
お兄様は私の言葉にハッとしたように目を見開き、次いで視線を落とした。その翡翠の瞳には、後悔が滲んでいる。
お父様も何かを堪えるように、目を閉じる。
「……私はいつの間にか、ジェインを守っているつもりが、押し込めていたんだな。確かにアトウッド伯爵家当主として、あるまじき行為だった。すまない」
その表情は色々な感情が入り混じっているようだった。けれどお父様の言葉から、私が伝えたいことは伝わったのだと思う。
「良いだろう。ジェイン、フォーサイス公爵家で頑張ってこい」
「お父様……ありがとうございます」
お父様の声は震えていた。
ほっとして立ち上がり、カーテシーをして感謝を告げる。
そんな私の姿を見て、お父様は感慨深そうに言った。
「サンドラ……子供の成長とは早いものだな」
「そうですね。わたくしたちにとっては、いつまでも大切な子供です。けれどだからと言って守ろうとするだけでは、皆のためにならないのですね」
お母様も、今までのことを振り返って反省している。
私も感情的になりそうになったけれど、なんとかちゃんと話し合いが出来て良かったと思う。
この数年大変なことの連続で、失うものも多かったからこそ、これ以上無くしたくないという気持ちもあったのだろう。だからお父様達も慎重になってしまったのだと思う。
そんな風に考えていると、バツが悪そうな表情でお兄様が近づいてきた。
「ジェイン、俺もすまなかった。俺だってジェインの立場だったら苦しかったと思う。実際、それで早めに父上の仕事を手伝うようになったわけだし。なのに俺もジェインには幸せになってほしいからって、父上と母上と同じ態度をしていた」
「お兄様……。確かに皆のために働くお兄様を見るのは、理不尽に思いました。けれど現当主と次期当主から反対されれば、それに従うしかありません」
そう言うと、お兄様は苦しそうな表情で俯く。きっと過去のことを後悔しているのだと思う。
だから私は声を明るくして、笑って言った。
「だから、今度は私の味方でいてくださいね」
私の言葉にお兄様は、ばっと顔を上げる。
泣きそうな表情になると、潤んだ瞳で言った。
「ああ! もちろんだ」
「お姉様、私も味方だからね。私がジェフサお兄様のストッパーになるから!」
「ふふっありがとう、ジュリア。心強いよ」
なんて良い子なのだろう。ジュリアだって、私と同じような気持ちだろうに。
むしろ、私のせいで辛い思いをしたことだってあったはずなのに。
聖女のような、自慢の妹。
「ジュリアが学園を卒業する頃までには、安定させたいわね」
「大丈夫よ! 私だって、できることを探すから!」
力強くて底抜けに明るいジュリアの言葉に、ようやく笑顔が戻った。
こうして私、ジェイン・アトウッドはフォーサイス公爵家で働くことになったのだ。
◇◇◇
「ジェイン? ジェインったら!」
「あ、ご、ごめん。オリーヴ」
「もう、急にボーっとするからびっくりしたわ!」
「ちょっと過去に旅してただけよ」
「なんて?」
正直に話せば、オリーヴは何言ってるの? という表情を隠しもせずに私を見ている。
まあ、そう思うのは仕方ないので、誤魔化すことにした。
「ところで何の話だったっけ?」
「それがね、今度の夜会なんだけれど、エドワード様の成人のお祝いがメインじゃない?」
「そうだね」
「でもそれだけじゃなくて、一緒に伴侶探しもするらしいから、とっても豪勢にするみたい。私達も準備やらなんやらで、とっても忙しくなるって話よ」
「わあ! そうなんだ! 良い人が見つかるといいねぇ」
公爵家嫡男ともなると、幼少時から婚約者が決まっていそうなものだけれど、フォーサイス公爵家は現在権力的にも財政的にも安定している。だから政略結婚の必要はないと自由にしていたようだ。エドワード様が「自分で将来の相手を決めたい」と言っていたらしいから、それも大きいのだろう。
ということは、学生時代にはエドワード様のお眼鏡に適う令嬢には出会えなかったのか。
姉バカなのは承知の上で、ジュリアなんて良いと思ったけれど、2年も離れていれば学園では接点はなかっただろう。
ここで働き始めて2年。アトウッド伯爵領は全盛期には程遠いものの、大分安定してきた。
木材の供給も元の数値に近づきつつある。
けれど一度離れた顧客がすべて戻るわけではない。まだまだ時間はかかるだろう。
成人のお祝いがメインということは、エドワード様のご友人も招待されるだろう。そう思うとジュリアにもぜひ参加してほしいところだが、正直難しいかもしれない。
伯爵家は上級貴族といえど、公爵家のパーティーに気軽に参加できることはあまりない。伝手などがあれば、話は別だけれど。
だんだんエドワード様のことからジュリアのことに思考が移っていくのを自覚するけれど、ある意味仕方のないことだ。
だって今まで、エドワード様とはほとんど関わってこなかったわけだし。
オリーヴと仕事の話をしながら、頭の片隅ではジュリアのことを考えるのであった。




