42.不幸か否か
「……」
「……」
部屋に再び沈黙が落ちる。
家族に正直に言えば、きっと傷つけてしまうことは分かっていた。
だから言いたくなかった。けれど言わないことには、私の悩みは解決されないことも分かっていた。
ならば言わなくてはならないだろう。一度息を大きく吸って、私は言った。
「……私は……公爵家で働くと決めた日から、生涯公爵家で頑張っていくと決めています」
「……そうか。ありがとう、話してくれて」
お兄様はそう言いつつも、表情は後悔に満ちていた。
そんな表情をさせてしまうということは、想像に容易かった。
だって私が結婚を諦めても、家族は諦めていなかったから。
きっと働いていてもご縁があれば、と家族は考えていたのだろう。
いや、帰省するたびにそのような期待を感じることはあった。
直接言われたわけではないし、土産話をしていても色の影もない私を責めるようなことは一切なかった。
ただ、たまに感じる空気が、そんな風に考えさせた。きっと自意識過剰なのだろうと思っていたけれど、そうではなかったらしい。
「ジェイン……すまなかった。俺たちのせい——」
「自分たちのせい、だなんて思わないで」
その言葉を聞きたくなくて、遮ってしまう。だってそう言われることは、とても辛い。
「ジェイン……」
「私は自分で選んだの。決して後悔なんてしていない。なのにお兄様たちにそんな表情をされたら、今までの私が否定されたように感じてしまう……」
「……っ!!」
これは私の本音だ。確かに女性は結婚することが幸せだって、この国では当然のように言われている。
私だって昔はそう思っていた。けれど世界が広がって、いろんな人と関わっていくうちに結婚だけが幸せではないのだと知った。
ヴァイオレットのように、子がなせないから結婚できない人もいる。その人はじゃあこれから幸せになることはできないのか、と言われればそれは否だ。
幸せは他人に決められることではない。私が、一人の人間が決めることのできる尊厳だ。
だから私は不幸せではない。それを分かって欲しい。
そんな気持ちが強くなって、お兄様の話を遮ってしまった。
「……そうだな。ジェインの言う通りだ」
「……いえ。これはお兄様もお父様も家族皆、悪くありません。ただタイミングが悪かっただけなのです。だから気に病まないでほしいです」
「……」
とにかく私の願いはそれだけだ。
「ごめんなさい。話を折ってしまいました」
「あ、ああ。俺も言いたくないことを聞いて悪かった。……ジェインは優しいな」
「……そんなことないよ」
「最初に話さなかったのは、それを言いたくなかったからだろう? 俺たちを傷つけたくなくて」
それもそうだけれど、自分のことを最優先にしている部分が大きい。
これ以上傷つきたくなくて、結果的に相手を思いやるように見えているだけだ。
私はとても優しい人間ではない。むしろ自己中心的な人間だ。
なのにそう言われるのは落ち着かなくて、私は誤魔化すように言った。
「それで、なぜそんなことを聞いてきたの? 理由はあるのでしょう?」
「ああ。……なんと言えばいいか。相当根深いことではあるし……。とりあえず、ジェインはエドワード殿を嫌っているわけではないんだな?」
「うん。尊敬している方ね」
「それが聞けただけでも良い。……一度俺もエドワード殿と話してみよう。あまり役に立てるか分からないが……」
「ありがとう、お兄様」
とはいえ、帰る時間は着々と近づいている。
「早速エドワード殿のところに行ってみるよ」
「お願いします」
お兄様が部屋から出るので、私も続く。
今エドワード様はどこにいるんだろう。
お兄様は、エドワード様が滞在しているゲストルームへ向かうようだ。
私は一度部屋へ戻ろうと思った。多分お兄様と一緒にいては、落ち着いて話は出来ないだろうし。
けれど途中までは一緒の道なので、並んで歩く。
ゲストルームが近づいた時、声が聞こえてきた。
声の発生源はエドワード様の部屋の近くで、扉が開いている。
思わず立ち止まると、お兄様も同じように止まった。
「——のせいです。お姉様が——」
「——ない。俺のことを——」
間違いない。ジュリアとエドワード様だ。なぜ、2人が話しているのか。やはりプレゼントはジュリアのためのもので、今渡しているのだろうか。
近づくことも躊躇われて、話の内容はよく聞こえない。けれど、ジュリアが落ち込んだような声をしている。
それにお姉様と言ったのだから、私の話をしているのだろう。
その内容を知りたいような、知りたくないような複雑な気持ちになる。
お兄様と顔を合わせる。と、頷いてエドワード様の部屋に向かったので、思わず止めてしまう。
「お兄様、2人が話しているのに邪魔をしては駄目だよ。もう少し時間をおいてから……」
「いや、ここで話せばきっとジェインも分かるよ。大丈夫」
なにをそんな自信満々に言っているのか。
けれどそんなやり取りをしているうちに、2人から核心的な言葉が聞こえてきた。
「……俺が好きだというだけでは足りないのだろう」
「そんなことありません! 私だってエドワード様を好ましく思っています。それをお——」
「え……」
その言葉は、私の世界を止めるのに十分な威力だった。
お兄様は慌てた様子で、私を見てからエドワード様達がいる部屋へと向かっていく。
そこまで見て、私は衝動のままに走り出した。
自分の呼吸の音以外、何も聞こえない。どこに向かっているかも、どうして走らずにいられないのかも何もかも分からない。
走って、走って、走って。
気が付いたら、母屋から離れた別邸にきていた。
ここは最低限しか手入れをしていないらしく、だいぶ埃っぽい。
呼吸を整えていると、だんだんと視界が滲んでくる。
「あれ、なんで……」
ぽたぽた落ちる雫は、まるで昇華できない気持ちのようで。
拭っても拭っても、止まらない。
違う。これは違う。
何の否定なのか。完全に言葉にしてしまえば、認めてしまうと分かっていたから。
ただただ違うと呟いて、震える自分の体を抱きしめた。
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