43.後悔、しない
零れる雫は止まることを知らない。
きっとお兄様はエドワード様たちに気を取られて、私が突然いなくなったことにすぐには気が付けなかっただろう。
だからすぐに見つかることはない。
こんな姿をエドワード様に、そしてジュリアに見せるわけにはいかない。
どうにか気持ちを落ち着けて、屋敷の方に戻らないと。
けれど原因を考えてはいけない。それは認めてはいけない。
ふうううっと息を吐きだす。
何度か繰り返せば、少しは涙の量は減った気がした。
「状況的にエドワード様とジュリアが想いあっているのを確認した感じだけれど」
落ち着くために声に出してみる。けれど声はみっともなく震えていて、自分でも聞き取りづらかった。
それでも多少は効果があるらしい。思考は少しずつクリアになっていく。
「あれはエドワード様がジュリアに告白したということだよね。好きだって言ってたし」
その前の会話はちゃんと聞き取れていないけれど、流れ的にそうだろう。
少し自信なさげなエドワード様に、ジュリアはまるで聖女のように慈愛に満ちた声で応えていた。
「ジュリアもエドワード様が好き……。あれ、これって両思いだよね」
私がなにをすることもなく、ジュリアに気持ちが通じたということか。
なのになぜ、エドワード様は自信がないような雰囲気をしていたのか。
あの時が初めての告白だったのかな。自信がないというより、緊張していたのかもしれない。
思考を巡らせたおかげか、涙は止まっていた。もう少ししたら、しっかり落ち着くだろう。
「……両想いってことは、2人は婚約するのかな」
普通に考えたらそうなるだろう。とはいえ、奥様や旦那様が許すかは別だ。
ジュリアは贔屓目で見ても、とても魅力的だ。けれどまだアトウッド伯爵家は復興の途中。
まだまだフォーサイス公爵家に利益になる状態ではない。個人の想いだけで結ばれるということは、貴族の結婚では二の次だ。
それでも。
「今までのことを考えると、そのあたりは気にしていなさそう……」
元々エドワード様がジュリアに会うことを目的にしていたとしたら、旦那様が何かしら反応するだろう。
けれど快く送り出していたことを思えば、否定的ではなさそうだ。
だったら2人の間に障害は無いと言ってもいいのかもしれない。
私の仕事先にジュリアが嫁いでくるのは、若干の気まずさはあるかもしれないけれど。
それには目を瞑ろう。ジュリアが幸せになるなら、それ以上に嬉しいことはない。
ないはず。なのに。
また視界が滲んでくる。こぼれそうになるそれを、強く拭った。
「大丈夫。大丈夫。これは違う。ジュリアが幸せになるから嬉しいだけ」
言い聞かせるような声音であることも、現実逃避であることも本能では分かっていた。
けれど、絶対に認めてはいけない。
だって、あんなに皆に言っていたのに。リリーにも、クレメンスにも、奥様にも……そしてお兄様にも。
私はそうでなければならない。
それが私の選んだ道。
後悔しない。
しては、いけない。
◇◇◇
しばらくして完全に落ち着いた私は、屋敷のほうに戻る。
屋敷に入れば、どこか騒がしい雰囲気を感じる。
もしかしなくても、私のせいだろうか。
そう考えていると、侍女長が私を見つけて慌てた様子でやって来た。
「お嬢様! どこにいたのですか⁉︎」
「ごめんなさい。少し散歩に行っていました。もしかして、私を探していましたか?」
「そうです! こちらに!」
心配させたことを申し訳なく思いながら、侍女長の後ろに続く。
連れていかれたのは、エドワード様のゲストルームだ。
ここで待っているように言うと、侍女長は再び急いで出て行った。
きっとエドワード様達を呼んでいるのだろう。
「大丈夫、祝福できる」
そう呟く。それは魔法の言葉。言葉に、声に出せば一気にそれは力を帯びる。
大丈夫にできる。
そう考えていると、走ってくる音が聞こえる。
顔を上げると、部屋の中にエドワード様、お兄様、ジュリアが飛び込んできた。
ジュリアまで走るなんて。令嬢だから、慣れていないだろうに。
息を荒らげている3人に、私は微笑んで見せた。
「じぇ、ジェイン。どこに行っていた?」
「用事を思い出したの。それに告白する場面を見るのは、マナー違反でしょう? 邪魔しないようにしたのよ」
嘘と建前を織り交ぜれば、特に罪悪感なく話すことができる。
きっとお兄様が話を聞いてしまったと言ってしまっているだろうから、この言い訳はそこまで違和感ないはずだ。
「こく、はくって」
「申し訳ありません。エドワード様。盗み聞きするつもりはなかったのです」
エドワード様に謝罪する。エドワード様は、そのあと固まってしまい、口をパクパクさせるだけだ。
私はジュリアに向き直る。ジュリアの顔は真っ青だ。今にも倒れそうな様子で、そっとその体を支える。
「お姉様、違うの。私……」
「大丈夫だよ、ジュリア」
きっと私に隠れて動いていたことを後ろめたく思っているのだろう。
安心させるように、肩に手を置いて言った。
「ジュリアが幸せになれるなら、これほどうれしいことはないよ。おめでとう、ジュリア」
「そ、」
ジュリアは助けを求めるように、エドワード様の方へ視線を送る。
エドワード様は、どこか心ここにあらずという感じだった。
「……ジェインは、ジュリア嬢に……嫉妬しないのか……?」
「ふふ。嫉妬だなんて。その感情は昔に置いてきました。やっとジュリアが幸せになれるなら、こんなに嬉しいことはありません」
私の言葉に、エドワード様は俯いてしまう。
もしかして厚かましかっただろうか。
そう考えていると、エドワード様はぽつりとつぶやいた。
「……そうか。俺はただの雇用主の息子だっただけか」
「え、エドワード様?」
「すまない。しばらく一人にしてくれないか」
「は、はい」
そう言われてしまえば、私は従うまで。
少し心配だけれど、それはジュリアがいれば大丈夫だろう。
そう思って退出すると、お兄様だけでなくジュリアも付いてきた。
「ジュリアはエドワード様のそばにいたほうがいいんじゃない?」
「……ううん」
沈痛な面持ちで首を振るジュリア。
なんでこんなに空気が重いのだろう。
2人が両思いなら、幸せな空気を感じるはずなのに。
全然、そんな甘い空気を出してくれていいのにな。




