4.フォーサイス公爵家
クレメンスがフォーサイス公爵家と日程を擦り合わせてくれて、あっという間に公爵達と顔を合わせる事になった。
クレメンスが服と馬車を用意してくれた。今の私は公爵家に入れるような服を持っていない。本当に何から何まで申し訳なかった。
クレメンスの期待を裏切らないようにと、気合を入れながらフォーサイス公爵家の敷地内に入る。
「……とっても広い」
アトウッド伯爵家も、伯爵家の中では広い敷地を持っている。
けれどさすが皇帝に次ぐ権力を持つ公爵家。伯爵家が小さく見えるほどに建物も大きいし、数がある。
馬車の中から外の様子を窺うけれど、敷地の端がどこにあるか分からない。
ドキドキと高鳴る胸を、手で押さえる。
それなりに長い距離だったけれど、心の準備ができないまま一際大きな建物に着いた。
御者が扉を開ける。口から飛び出しそうな心臓を必死で押さえて、馬車から降りる。
すぐに1人の女性が出迎えてくれた。
「お待ちしておりました。ジェイン・アトウッド様。私は侍女長のマティルダと申します」
「ジェイン・アトウッドと申します。本日は私のためにお時間を下さり、ありがとうございます」
マティルダと名乗った四十路近い女性は、立ち姿勢から指先の一つまで気品に溢れている。さすが公爵家の侍女長としか言いようがない。
少し厳しそうな印象を受けるが、それが品位を格上げしているようだった。
思わず見惚れそうになりながらも、私も仕草の一つ一つに気をつけながら挨拶をする。
「それでは、奥様の所へご案内します」
「はい」
マティルダさんの案内で、公爵邸へと足を踏み入れた。
外観も違ったけれど、内装もアトウッド伯爵家とは天と地の差がある。まず、廊下に敷いてある絨毯からして違った。
とてもフカフカだ。全速力で走っても足音が鳴らなそうなくらい。
転んでも全く痛くなさそう。
緊張のあまりか、だんだんと思考が違うところにいく。
けれどそんな現実逃避も、すぐに終わることになる。
マティルダさんがある部屋の前で止まり、扉を開けた。
「今奥様をお呼びします。お掛けになってお待ち下さい」
「はい」
そう言うとマティルダさんは退出した。
ソファも座り心地がとても良い。やはり違う。
感動すら覚えて、さりげなく手で感触を楽しむ。その感触のおかげか、気持ちが少し落ち着いてきた。
部屋の装飾も一つ一つが計算し尽くされていて、失礼にならないように気をつけつつも、ついつい観察する。
今のアトウッド伯爵邸は、売れるものは殆ど売ってしまったので部屋の中は寂しいものだ。
全くレベルは違うけれど、ほんの2年ほど前の状態を思い出し、哀愁を感じてしまう。
そんな風に物思いに耽っていると、扉がノックされた。
急に現実に引き戻され、再び暴れ始めた心臓を宥めながら返事をする。
「はい」
「失礼しますね」
そう言って入室してきたのは、とても美しい貴婦人だった。ウェーブのかかった紺の髪を結い上げていて、紫色の神秘的な瞳が私を捉えた。
シンプルなドレスだけれど、一級品だとわかる生地やデザイン。
間違いない。ステファニー・フォーサイス公爵夫人だ。
私はすっと立ち上がり、カーテシーをする。
「アトウッド伯爵家の長女、ジェインと申します。本日はお忙しいところ、お時間をいただき感謝いたします」
「ステファニー・フォーサイスです。どうぞ、楽になさって」
「ありがとうございます」
ステファニー様が向かいのソファに座るのを見届けて、私も慎重に座る。
伯爵家も上位貴族にあたり、それ相応の教育は受けている。けれど指先一つの動きさえ、公爵家とは雲泥の差になるのだとステファニー様を見て実感した。
「それでは雇用契約についてお話ししましょうか」
「よろしくお願いします。……え?」
緊張しつつ、自分をアピールして何とか雇ってもらおうと考える。
しかしステファニー様の言葉に違和感を感じて、思わず小さな声を漏らしてしまう。
淑女たるもの、相手に感情を悟られることは良しとしない。しかし今私は呆けた顔と、期待の入り混じった表情を隠しきれなかった。
これは失態だ。一瞬にして手先から体温がなくなるのを感じる。
しかしステファニー様は、明らかに挙動不審になった私に微笑んだ。その微笑みは、とても暖かいものだった。
「ヒューイット侯爵夫人からお話は聞いています。そして夫人からお話があった時点で、わたくしの方でも貴女のことを調べさせていただきました」
「は、はい」
「とても大変だったのですね。それに貴女を昔、遠くから見たことがあります」
「そ、そんな……ご挨拶もなく、申し訳ありません」
きっと昔出席したパーティーの中のどれかだろう。けれどただの伯爵令嬢の私に、公爵夫人と関わる機会なんてなかった。
それでも向こうは私を認識していたのだと驚くと同時に、記憶のない自分自身に嫌悪感が募る。
「仕方ないです。何せ今までフォーサイス公爵家とアトウッド伯爵家は、家での繋がりはなかったのですから。……少し話が逸れましたね。そういうわけで、ジェインさんを雇うのは問題ないのです」
「こ、光栄です」
評価されているのは、純粋に嬉しい。けれどそこまで私は優秀だったわけではない。
「と言うより、ヒューイット侯爵家とは古くからの友人でしてね。夫人から貴女の自慢話をこれでもかと聞かされていたので、勝手に親近感を抱いているのです」
「え」
ころころ笑うステファニー様だけれど、その言葉に思考が働かなくなる。
クレメンス、私がいないところで私の自慢話をしていたの?
娘どころか、姉妹ですらないのに。親友ではあるけれど、そんなに他者に自慢するものだろうか?
しかも公爵夫人に。地位が上の人になんて話をしているんだ。
クレメンスの私への思いを知り、嬉し恥ずかしで顔が赤くなる。ちなみに比率としては嬉しい1割、恥ずかしい9割だ。
「いつかお話したいと思っていたところに、ヒューイット夫人から今回のお話があったものですから。ええ。あの時の夫人ったら。言葉は優しいのに、目は笑っていませんでした。そんな風に必死になっているのが、なんだか微笑ましくて」
「……そ、そう、ですか」
今度会ったらお礼1割、非難9割で訴えよう。
評価してくれているとはいえ、肩書きはただの伯爵令嬢だ。そんな必死にならなくて良いと思う。
何より恥ずかしすぎる。クレメンスが私のことを思ってくれているのは十分にわかるけれど、これは一種の公開処刑だ。
そんな羞恥心に耐える甲斐があったのか、ステファニー様はポンと両手を合わせて微笑んだ。
「ふふ。そんな事情なので、侍女として歓迎します。よろしくお願いしますね」
「は、はい! 感謝いたします! 至らぬところも多いですが、精一杯皆様のお役に立てるよう努めてまいります」
ステファニー様の言葉に、私は立ち上がり、カーテシーをして受け入れたのだった。
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