3.密会
その人物は、手紙を送るとすぐに会う時間を作ってくれた。
私がお金のないことは知っているから、気軽に会えるように2人きりになるようにセッティングしてくれた。
家族が忙しそうに働いているのを横目で見つつ、こっそり迎えに来た馬車に乗り込む。
忙しいが故に、私が日中何しているのかきっと皆知らない。
だからバレないようにするためには、今がチャンスなのだ。
馬車は静かに進み出す。揺れも少なめの馬車で乗り心地はとても良い。けれどそんなことに感動する余裕はなく、私の心臓は忙しなく動きはじめるのを必死に宥めていた。
◇◇◇
待ち合わせ場所、と言っても相手の家のサロンだ。到着すると、目的の人物が出迎えてくれた。
「久しぶりね、ジェイン」
「ええ、久しぶり。そして時間を作ってくれてありがとう、クレメンス」
「ジェインのためならいくらでも作るわ。寧ろ何も言ってこないから、そろそろ乗り込もうかと考えていたところなのよ」
そう心強い表情で笑うのは、学生時代の友人であるクレメンス・ヒューイットだ。
ヒューイット侯爵家に嫁いだ、侯爵夫人でもある。ホワイトブロンドの髪に琥珀の瞳と、第一印象では儚げ美人なのだが、実際は姉御肌系の頼れる人だ。
「あはは……どうしても、家族の目が厳しくてね……。一度勝手に嫁ごうとしたものだから」
「ジェインって本当、行動力が凄いわね。ま、そこが魅力なんだけれど」
「どうも。……今は私のことを気にする余裕がないくらいだよ。じゃないと今日も来れなかった」
「……アトウッド伯爵領のことは、嫌でも社交界に流れているわ。何回かいくつかの家を潰したくなったくらいにね」
「クレメンスの評判が落ちるのは良くないよ。けれどその気持ちだけで嬉しい」
きっと嫁ぐ前だったらやったんだろうな、と内心思う。
まだ嫁いで1年ほどだ。さすがに自粛せざるを得なかったのだろう。もう少し年数が経っていたらと思うと恐ろしい。
巻き込みたいわけではないので、私にとっては良かったと思いながら、用意されたお茶を飲んだ。
その味に、目を見開いた。
「このお茶……」
「気が付いた? 貴女が好きなお茶を用意したの。……今は飲めないでしょう?」
「ええ。懐かしい味。……さすがクレメンスだわ」
「どういたしまして。お腹たぷたぷになるくらい飲んでいいのよ?」
「ふふ。ありがとう。でもそれは遠慮するわ」
そんな世間話をしてから、クレメンスはふう、と息を吐く。
ティーカップを置いて、改まった表情で聞いてきた。
「それで? 手紙の内容は本気なの?」
「もちろんよ。お父様もお母様もまだ希望を持っているけれど、私はもう諦めているの。……ジュリアのように、見た目が良かったらまだ諦めなかったかもしれないけれど」
「わたくしからしたら、ジェインはとても魅力的だわ。寧ろ殿方の見る目が無さ過ぎるのよ」
「ふふ。ありがとう。……まあ、見た目だけ良くてもね。とにかくこのままでは穀潰しでしかない。それは私には耐えられないの。だから……私に働き口を紹介して欲しいのです。クレメンス・ヒューイット侯爵夫人の伝手をお借りしたく、お願いいたします」
私は椅子から立ち上がると、クレメンスに向かってカーテシーをする。私の本気を示すには、これが一番良い。
クレメンスも、私の意図を正しく受けとってくれたのか、一度深呼吸をして応えた。
「……ええ。貴女の考えは分かりました。このクレメンス・ヒューイットが貴女に相応しい場所を紹介してあげましょう」
「感謝いたします」
感謝を伝えると、クレメンスは困ったような声を出した。
「ジェインに敬語を使われると、とても辛いわ。もういいかしら?」
「……クレメンス、さすがにそれは色々な意味でどうかと思うの」
「だって、ジェインに距離を取られているようで……」
「形式も大事じゃない。それに、これは私が都合よくクレメンスを使うのと同義だもの」
クレメンスとは、お互いに一番の親友だと思っているのは分かっているけれど、それとこれとは話が別だ。
特に貴族間において、友情なんて一番に捨てることが多いものだ。
私はこの1年間で、嫌というほどその事実を思い知った。
連絡が取れなくなった友人が何人いることだろう。そして私には、何度も何の価値もないと思い知ってしまった。
せめてもっと自分の器量が良ければ、道はもっとあっただろうに。
そんな内心はおくびにも出さなかったが、なんとなく私の心情はクレメンスに伝わっているらしい。
眉根を寄せて、複雑そうな表情をしている。
「……ジェイン、わたくしは貴女の親友よ。それだけは忘れないで」
「もちろんだよ。私もクレメンスが一番の親友よ」
クレメンスは一度目を閉じると、深呼吸をした。
それと同時に、空気が入れ替わる。親友としてのクレメンスではない。
侯爵夫人として、威厳のある姿だった。
「ジェインから手紙が来た時点で、ある程度リストアップはあるわ。その中でも、わたくしのお勧めはこれよ」
そう言うと、クレメンスは一枚の羊皮紙をテーブルに置く。
そこに書かれている内容を読んで、さすがに目を見開いた。
「お勧めって……あのフォーサイス公爵家の侍女ってどういうこと⁉︎」
「どういうことも何も、勤め先にはとても優良物件じゃない。ヒューイット侯爵家としても、丁度フォーサイス公爵家と関わりが持てるわけだし、一石二鳥なのよ」
「わ、私がヒューイット侯爵家と、フォーサイス公爵家の橋渡し役ってこと⁉︎」
「そうなるわね。けれど、何も問題ないでしょう? ジェインは学生の頃、とても成績優秀だったもの。公爵家の侍女としては、むしろうってつけよ」
慌てる私を他所に、クレメンスは優雅にお茶を飲んでいる。
たかが学生時代の成績で、公爵家が雇おうなんてなるだろうか。いや、公爵家だから私の生い立ちなんて簡単に調べられるとは思うけれど。
「ジェインにとっても悪い話ではないでしょう? 衣食住も保証してくれるし。まあ、休みはあってないようなものだけれど。それも申請すれば、ちゃんと帰省する時間もあるわよ」
「……そうだね。とてもいい話だよ。私にとって都合が良すぎて、逆に怖いくらい」
「とりあえず会ってみればいいのよ。フォーサイス公爵家は評判もいいでしょう? もしかしたら良い出会いもあるかもしれないわ」
「それはないと思うけれど」
自信がない私に、クレメンスは琥珀色の瞳に強い輝きを称えて言った。
「ジェイン、貴女はこの1年で随分自信を無くしてしまったのね。けれど、これは貴女が自分の力で引き寄せた縁なのよ。それだけは忘れないで」
その言葉は、私の中にじんわりと残ったのだった。




