2.アトウッド伯爵家
何故、普通であれば結婚しているであろう、伯爵令嬢の長女が公爵家で侍女をしているか。これには深い理由がある。
それは数年前、私が18歳の時に遡る。
アトウッド伯爵領は、未曾有の災害に見舞われた。
アトウッド伯爵領は、主に林業で栄えてきた領地だった。木を切り、新たに育て、そして加工する。
木材の品質の良さもさることながら、木材の加工技術にも優れており、繊細に刻まれた模様を施した家具はとても良いと評判だった。
その技術の高さを見込まれ、一部の家具は皇帝に献上出来るほどであった。だから私が幼い頃は、伯爵家にしては裕福に過ごせていたと思う。
それが大きな台風に襲われたことで、事態は一変した。まず連日続く雨のせいで、土砂崩れが起きた。そのせいで木が倒れ、また伐採して保存していた木も腐ってしまい、多くのものが使い物にならなくなった。
かつてない災害への対応に追われ、アトウッド家の家計は一気に悪化し、まさに火の車となった。数年前まで潤沢だった様は失われ、一時期は没落の危機に見舞われた。
それを私達の父――レイモンド・アトウッド――が身を粉にして働いて、領民と家族を守ろうと必死に動いたことで何とか乗り越えることができたのだ。
けれどその代償はとても安いものではなかった。お父様はまだ46歳だけれど皺も白髪も増え、実年齢より老けて見られている。未だにその表情から疲労の色が消えることはない。
そんな風に昼夜問わず対応しても、とても領民達を守りきることは難しく。家を無くした者、大けがをして働けなくなった者、そして亡くなった者も少なくなかった。
どんどん疲弊していくお父様とお母様。そして領民達。私も、お兄様も妹も心を痛めていた。
お兄様――ジェフサ・アトウッド――は少し前に成人したこともあり、積極的にお父様達を手伝っていた。領民もそんなお父様達の姿を見て、互いに協力して乗り越えようと奮起し、アトウッド領の状況は少しずつ改善していった。
けれど私にとっては時間が足りなかった。そう、貴族の女性に生まれたからには、結婚が必ず付いてくる。年齢的にも丁度結婚適齢期だったけれど、誰が泥を被った家の娘を欲しがるのだろうか。
相手が見つからないまま時間だけが過ぎていき、1年が経過した。
災害が起こる前であれば、きっと引く手数多だっただろう。ベージュの髪にアーモンド色の瞳という、お兄様や妹――ジュリア・アトウッド――とは違い、地味な女だとしてもその後ろにある財力は魅力的だっただろうから。
しかし状況が大きく変わったその当時は、まともな家からの婚約の申し込みはなかった。
あるのは良くて介護要員としての後妻。多かったのは女癖の悪いという噂が絶えない男性からの申し込みだった。
その中には私が結婚すれば、多額の援助をすると申し出る家もあった。もちろん何の裏もなく、そんな上手い話があるはずはないと分かっていた。きっと都合の良い奴隷とされるのだろう。
私はそうと分かっていても、条件を呑もうと決意した。自分が嫁ぐことで大好きな家族も、大切な領民も守れるならばアトウッド伯爵家としての面子が保たれるのなら、それで良いんだと。長女としての責任だと考えたからだ。
……ただ、それをお父様やお母様が許すことはなかった。釣書を見た時のお父様とお母様の表情は、今まで見たことないくらいにとても怖かった。今でも思い出すと体が震えてしまうくらいには。
まだ幼少期から婚約者がいたのなら、こうはならなかっただろう。けれど政略結婚の必要性を感じていなかったお父様達は、私が気にいる相手と結ばれることを望んでいた。まさかそれが裏目に出るなんて、夢にも思わなかったのだろう。
そんな縁談を切り捨て、お父様もお母様も泣いて私に謝罪した。
「すまない。こんなことになってしまって。だが、心配するな。私が必ず、ジェインを幸せにしてくれる人を探す」
「貴女はそんなに安い子ではないの。不甲斐ない母でごめんなさい。お願い、もう少し耐えて頂戴」
まだ庇護の対象であるジュリアはまだしも、私はその頃は19歳。
もう適齢期も終わりかけ。婚約すら決まっていない女性が今後まともな縁談が来るとは思えず、表面上は2人の言葉に頷きながらも、私は内心で結婚に対する諦めを感じていた。
それでもお父様とお母様は、自分達のせいで私の縁談が決まらないことに罪悪感を感じていたのだろう。それが痛いほど伝わってきて、私は胸が締め付けられる思いだった。
決して自分の未来を悲観した訳ではない。それよりも2人が悲しそうな顔をしているのが、何よりも耐えられなかった。
この災害は誰のせいでもない。ただタイミングが悪かっただけ。だからそんなに泣かないで。私に謝らないで。
そう伝えても、お父様とお母様の表情が明るくなることはなかった。
私のことだけでなく、領民のためにも働いてどんどん疲弊していく2人を見ることは、とても辛かったんだ。
少しでも楽になるように私も何かしたいのに、家族はそれを許してくれない。
お兄様まで、自分が頑張るから大丈夫だと私を遠ざけた。
そう。遠ざけられたと感じてしまった。この一連の流れで、私は疎外感を感じてしまったのだ。
だって、私はもう成人している。責任が伴う立場だ。一人前とは言えなくても、せめて半人前の働きはしたい。
まだ成人していない、庇護される立場のジュリアもただ漫然と学園に行くのではなく、少しでも領地のためにと勉学や人脈作りに励んでいる。
けれど成人した私は、それすらも出来ない。
お茶会に出席して人脈を作ろうにも、ドレスが準備できないから出席すらできない。
お父様達と一緒に働こうにも、やんわりと止められる。
分かっている。これは皆の優しさだって。
痛いほど、よく分かっている。
けれど理解は出来ても、納得なんて出来なかった。
自分だけが置いて行かれるのが、我慢ならなかった。
だから私は、こっそり行動することにしたんだ。
きっと勝手に行動すれば、皆怒るだろうと容易に想像できた。反対されることも同様に。
それすら理解した上で、だったらもう後戻り出来ないところまで行動してしまおうと考えた。
強引な手段だろうけれど、こうでもしないときっと皆止めるから。止められないところまで隠せばいいのだと考えたのだ。
そして私は、ある人物に会う約束を取り付けるために、手紙を認めたのだった。




