1.侍女やってます
「ジェイン! こっち手伝ってくれない?」
「はあい!」
「ジェイン。そっちが終わったら、あそこの片付けをしてもらってもいい?」
「分かりました!」
ああ、忙しい。やる事が多く、次から次へと仕事が降ってくる。
けれどとても楽しい。ふふっと、自然と笑みが溢れる。
そんな気持ちのまま、ふと空を見上げる。
「わあっ。とっても良い天気。洗濯物もよく乾きそう」
澄んだ青空はそれだけで気分が上向きになる。その爽やかさを目に焼き付け、すぐに仕事に戻る。
ここはシャングリラ皇国。もっと詳しく言うのなら、皇帝に次ぐ権力を持つフォーサイス公爵家の敷地内だ。
私、ジェイン・アトウッドは、そんな格式高い家柄の侍女として働いている。
一応伯爵家の長女なので、本来であれば結婚していてもおかしくないのだけれど、まあ諸事情があって22歳となった今も独身だ。
貴族女性の中では風変わりな存在であると自覚はしているけれど、現状に心から満足しているから不満なんてものはない。
手に持った掃除用具の数が多く、運んでいたら落ちそうだったので抱え直す。この後は公爵夫人が開くお茶会の準備があるので、埃一つすらあってはならない。
屋敷の見た目はそのまま、公爵家の評判にも繋がってしまう。だからジェインは丁寧に、そして素早く仕事を全うする。
まだ日も昇りきらない朝から準備していても、午後のお茶会に間に合うかと言ったところなので、無駄な時間を消費するわけにはいかない。
「ジェインさん! ちょっと良いですか?」
「どうしたの? リリー」
準備に追われる中、話しかけて来たのは同期であるリリーだ。ジェインより8歳年下の16歳。
百合という名の通り、とても可憐な顔立ちをしている。白銀の髪と藍色の瞳は神秘的でありながら、人懐っこさをたたえている。
「実は、エドワード様が今日のお茶会に顔を出すそうなんです」
「ああ、いつものね? じゃあ夜の仕事を任せても良いかな?」
「いつもありがとうございます! 夜はゆっくり休んでください」
「ええ。みんなに言っておくね。みっちりこき使って欲しいって」
「そんなぁ! お手柔らかにお願いしますよぉ」
「ふふ、冗談だよ」
リリーは男爵令嬢であり、このフォーサイス公爵家に行儀見習いに来ている。
素直で明るい性格は私にとって、そして他の使用人にとってもオアシスのような存在だ。
ついつい甘やかしそうになるけれど、本人が意外とその線引きをしている。それがよりリリーを可愛がる要因になっているのだけれど。
それはさておき、エドワード様はこの公爵家の一人息子。夜空を思わせるような深い紺色の髪と、月を思わせるような金色の瞳。
片側の髪を少し伸ばしているのが、何というか色気がすごい。とても18歳の色気とは思えない。
さらに人当たりも良いと言うのだから、令嬢達からとても人気があるというのも納得だわ。
私? 歳下、ましてや公爵家の一人息子に気に入ってもらおうだなんて、烏滸がましいことは考えていません。
けれどリリーはエドワード様と歳が近い。身分差は置いておいて、憧れるのも当然だ。一目見れる機会があれば、手に取りたいでしょう。
だからリリーはお茶会中の仕事を変わってほしいと、わざわざ打診してくるのだ。
素直で可愛い子のお願いは、聞きたくなるのが人間の性ってやつかな。
代わりに夜の仕事をしてくれるというので、ゆっくり休める。私としてもメリットがあるので、win winということだ。
「それじゃあリリーのためにも、お茶会の準備を間に合わせましょうね」
「はい!」
リリーは明るく返事をして、掃除を再開する。
その後はリリーも仕事に集中して、お茶会までに間に合わせることが出来たのだった。
◇◇◇
お茶会が終わり、仕事がひと段落したので休憩していると、リリーが満面の笑みで私の所にやって来た。
その様子から、良い時間を過ごせたのだと察する。その笑顔が見れただけで、仕事を変わって良かったなあと思える。
「ジェインさん! ありがとうございました!」
「どういたしまして。楽しかったみたいで良かったよ」
「はい! エドワード様の笑顔を見られたんです! とっても素敵な笑顔でしたぁ」
「ふふっ。良かったね」
そんな会話をしていると、横から別の声が聞こえてくる。
「あ! またジェインがリリーを甘やかしてる!」
「ジェイン、いくらリリーが妹に似ているからって甘やかし過ぎてはいけないわ」
「オリーヴ、ヴァイオレット。仕方ないじゃない? こんな可愛い子がエドワード様を見かけるだけで、更に可愛くなるのよ? もうそんなの、甘やかして当然だわ」
その名の通りの色の瞳と髪を持つ、オリーヴとヴァイオレット。
彼女達も私の同期だ。オリーヴが同い年で、ヴァイオレットが2歳ほど年上である。
私の言葉にリリーはわざとらしく満足気な顔をする。
両手を腰に当てて、胸を張っているのが可愛い。
その表情に、オリーヴとヴァイオレットは揃ってため息を吐いた。
けれど私は一瞬、2人の口角が上がったのを見逃さなかった。
「あーあ。じゃあリリーは私達からの施しは要らないって事か」
「そう言う事ね。それじゃあこれからは、ビシバシ厳しくして行こうかしら」
そんな2人にリリーは、分かりやすく表情を困ったように歪める。
「ええっ! そんなぁ! ジェインさん、何とかしてくださいぃ」
「あ、そうだ。私とリリー、夜の仕事を変わったのよ。オリーヴは確か夜の担当だったよね? どうぞ厳しくしてあげて」
「嘘でしょ⁉︎」
「よし来た! 任せなさい!」
「裏切りものおおぉぉぉ!」
悲鳴を上げるリリーを、オリーヴは楽しそうに連行していく。
情けない声を上げながら引きずられていくリリーは、それでも可愛かった。
「……貴女も酷い子ね」
「だってリリーのあの素直さ、とても素敵じゃない? だからこそ、揶揄いたくなるというか。ヴァイオレットだって分かるでしょう?」
「……そうね」
「それにオリーヴだって本気で厳しくしないよ。精々揶揄いがいつもより多いくらいじゃないかな?」
「それを分かったうえでやっているのだから、私はジェインが1番怖いわ」
「ふふん。真ん中っ子の特技ですから」
そう笑う私に、ヴァイオレットも微笑む。
目元がキリッとしていて、少し固い印象を受けるヴァイオレットだけれど、その表情はとても柔らかくて美しい。
「本当に独身なのが勿体無いくらい、ジェインは素敵よ」
「そう言うヴァイオレットだって、今の笑顔で男性を虜に出来るよ」
この言葉はお互いにとって、何の悪意もない褒め言葉。
そう。私たちが独身なのはタイミングが、時代が悪かっただけ。
貴族の成人女性が独身であるというのは、それ相応の理由があるのだ。
ヴァイオレットは幼少期の病気で、子が産めない身体になってしまった。
そして私は、そう。タイミングが悪かった。ただそれだけだ。
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