37.喜び
フォーサイス公爵家で働くと言ったとき、ジュリアは祝福してくれた。その時のジュリアは、特にエドワード様についてなにも言わなかった。
もしその時点で2人に接点があれば、きっとジュリアは私に話しただろう。
2人が学園では被った時期はエドワード様が3年生、ジュリアが1年生の時だけ。きっと関わる機会は多くなかった。
ジュリアからエドワード様に話しかけることはしていないと思う。元々交流があるならまだしも、下級生から上級生へコンタクトを取るなんて周りの目が恐ろしい。特に相手が公爵家の嫡男となれば。
けれどジュリアは贔屓目で見ても綺麗な子だ。
太陽の光に当たり煌めくピンクの髪。翡翠の瞳は見ていると吸い込まれそうな不思議な輝きがある。
たとえ関わりがなくても、エドワード様がジュリアを知っていたかもしれない。
ジュリアの魅力はそれだけではなくて、他者を思いやる優しい心を持っている。さらに逆境に立たされても、自分ができることを自ら探して行動する力強さも。
貴族夫人になれば、きっとその能力で領地を導けるに違いない。
そのジュリアが、エドワード様に見初められたのだとしたら。
じわじわと、私の心の中にたくさんの想いがこみ上げて、じわっと熱くなる。
ここに来た日。ゲストルームに入ったときのことを思い出す。
漏れ聞こえた会話は、お父様たちにとって悪い話ではなかったと思う。
お父様とお兄様は夢ではないかという風に疑っているようだったし、お母様とジュリアは高揚しているように見えた。
特にジュリアは目が潤んでいた。あの時漏れ聞こえた会話をつなぎ合わせても、ジュリアへの興味を伝えていたのかもしれないと思えるような内容だ。
それならば、エドワード様が私に構うようになった理由も分かる気がする。それに昨日、下心があるとも言っていた。
姉の私を経由して、ジュリアに近づこうとしていたのかもしれない。
「……っ」
その考えに至った時、私は歓喜に打ち震えた。
ジュリアが幸せになれる。
私のせいで必要のない苦労もしてしまったあの子が、ついに報われる時が来た。
姉として、盛大に応援してあげなければ。
あの時の罪滅ぼしとしても。
良かった。
胸が今まで経験したことないくらいに騒めいている。
協力できることはなんでもしよう。
「あれ。涙まで出てきちゃった。まだまだこれからなのに、気が早いなぁ」
そう思っても涙は止まらない。それほどまでに、自分は喜んでいるということか。
何度も拭うけれど、拭ったそばから新しい雫が次から次に溢れてくる。
ただただ溢れてくる涙をぬぐい続けた。
◇◇◇
止まらない涙と格闘しているうちに、朝を迎えた。
鏡で自身の姿を確認すると、若干目が腫れているが、そこまで酷い状態ではなかった。
途中から目が腫れることを懸念して、目元を冷やしたのが功を奏したようだ。
良かった、皆に無駄な心配はかけなくて済みそうだ。
あまりにも涙が止まらないので、変な病気にでもなったかと心配したけれど、時間が経てば徐々に少なくなって今は涙は出なくなった。それでも大分時間がかかったけれど。
よく見ないと普段との違いも分からないくらいだろう。
なんだかんだ家族と朝食をとれていなかったので、今日こそは参加したいと思っていたのだ。
それに特に理由もないのに今日の朝食を断れば、詮索されるに違いないから良かったと安心する。
食堂で家族とエドワード様と顔を合わせても、気づかれなかったようで何も言われない。
そのことにもまた安心して、美味しく食事をいただいた。なんなら今日が、後ろめたさとかもなくて一番おいしく食べられたかもしれない。
私としても、久しぶりに朝食を皆で一緒に食べることができてうれしかった。
幸せな気持ちで朝食を終えると、エドワード様が私の元にやってくる。
ちなみに家族は食事を終えると、仕事やらなんやらですぐに出ていってしまったので、今は私とエドワード様の2人だけだ。
復興は順調に進んでいるとはいえ、やはり仕事は多いんだよね。
「ジェイン、少しいいか? 今日の予定なんだが……大丈夫か?」
「なにがでしょうか?」
「いや、目が腫れていないか?」
エドワード様ってよく見てるなぁ。目立つほど腫れているわけではないのに。
心臓が少しだけ早く動く。とはいえ誤魔化すことは簡単そうだ。先ほどまでは気が付かなかったのだし、
「そうでしょうか? 昨晩、本を読んで夜更かししてしまったからかもしれません。体調は問題ありませんのでご心配なく」
「そうか。無理するなよ。何かあったら言ってくれ」
「ありがとうございます。それで、なにかご用件があったのでは?」
そう言うと、エドワード様は私から目を逸らす。
「あ、ああ。その、だな」
とても言いづらそうにしているエドワード様を見守る。
気のせいだろうか、少し耳が赤いような……。
はっ! もしかして、エドワード様はジュリアと出かけたいのでは?
昨日のことはあくまで私の推測だ。確実な言葉があったわけではない。
けれどエドワード様のこの反応、まさに恋をしているといってもいいものだ。
問題は相手は誰だということになるけれど、流れ的に相手はジュリアしかいないだろう。
エドワード様はジュリアのことについて、私に相談したいと考えているのではないだろうか。
それならば、私は全力でエドワード様に協力しなくてはいけない。
「もしやエドワード様……」
「じぇ、ジェイン……?」
私の雰囲気が変わったからか、エドワード様がこちらを見る。
どこか不安そうなエドワード様を安心させたくて、にっこり微笑んだ。
「大丈夫です! 分かっていますよ」
「え、ほ、本当か……!?」
私の言葉に、エドワード様の耳がより赤くなる。耳だけでなく、頬も首筋も染まっていく。
凄い。エドワード様も恋をすると、こんな表情をするのか。なんというか、見てはいけないものを見てしまった気がする。
これは恋人になるものだけが、見れる特権というものだ。私が見ていいものではない。
失礼にならない程度に視線をずらした。
「エドワード様、良い場所があるんです。良ければ、案内いたします」
「あ、ああ。それじゃあ、頼む」
私の勢いがいつもより強いからか、エドワード様が気圧されている。
とはいえ私の申し出が嬉しいらしく、強張っていた表情が緩んだ。
うんうん、普段は隙のない貴公子がこんなに無防備に笑ったら、誰でもイチコロだな。
ジュリアだって、エドワード様が素晴らしい方だと分かっているだろうし、良いギャップになるだろう。
この表情を、ジュリアが見れていないのがとても残念だと思った。
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