33.臆病者
伯爵邸から街の中心部までは、少し距離がある。
坂道も多いけれど木材を運びやすくするために、道は綺麗に整備されているので歩きやすい。
「良い空気だな」
「そうですか?」
「ああ。皇都と比べると、新鮮に感じるな。きっと林業という自然を扱う仕事をしているからかもな」
私は慣れた空気で懐かしいと感じるくらいだけれど、エドワード様は違うらしい。
確かにアトウッド伯爵領は、皇都と比べれば自然豊かな土地だ。
全盛期と比べてまだまだ寂しい感じはあるけれど、エドワード様から見たら十分自然が多いのかもしれない。
「どこに行きましょうか? 街の中心部の方が賑わっていると思いますが」
「まずはそこだな。街の中心部をみれば、ある程度街の空気も分かる」
「分かりました。こちらです」
行先が大まかに決まり、エドワード様を先導する。
伯爵邸の近くは人通りが少ないが、少し進めば賑やかになってくる。
私が前回来た時より、ずっと皆の活気に満ちているのが分かった、
行き交う領民の顔もとても明るく、子供たちの明るい笑い声が聞こえる。
あの苦しい日々を乗り越えて、皆前を向いている。
そのことが、言葉にならないくらいに嬉しかった。
まあ、私は領民に対してなにもしていないのだけれど。
その事実は忘れるなと言わんばかりに、時折頭をもたげてくる。
今さら言ってもどうにもならない。過去には戻れない。それは分かっているのに、同じことを繰り返す私自身に苛立ちを覚える。
気持ちを切り替えるために、少し息を吐いてエドワード様を見る。
するとエドワード様が街並みではなく、私を見ていることに気が付いた。
「え、エドワード様……?」
「……何か悩んでいるのか?」
「え?」
「……その、嬉しそうにしていたと思ったら、急に暗くなったから」
思いっきり見られていたらしい。表情に出してことに気が付かなくて、顔に熱が集まった。
「お、お恥ずかしいです。そんなに表情を変えていたなんて」
「恥ずかしいことはないだろう。ただ……」
エドワード様は言葉を選ぶように、一旦区切る。
黙ってそのまま待っていると、ゆっくり口を開いた。
「……ここには俺たちを知る者はいないから、普段言えないことも話せばいい」
「……」
そのまっすぐで、こちらを思いやるような柔らかい金色の煌めきに、呼吸が止まる。
あまりにも眩い光に、全てさらけ出したくなるような不思議な心地になる。
その光に手を伸ばそうとして、ハッと我に返る。
(私は何を……エドワード様にすがろうとするなんて。駄目だ、そんなこと。私は、そんなことが許される人間じゃない)
伸ばしかけた右手を、左手で引き寄せる。
エドワード様の顔を見れなくて、俯いたまま声を絞り出す。
「いえ、エドワード様が気にされることではありませんから」
「ジェイン……っ」
「さあ! こっちに木材で作った家具のお店があるんです。家業を気にいってくださったエドワード様なら、お気に召すものがあるかもしれません」
なおも私を暴こうとするエドワード様から、逃げるように私は声を張り上げた。
(こんな年増女に、エドワード様が心を砕く必要はない……っ)
そんな私にエドワード様がどんな表情をしているかなんて、見ようともせず。
それでも、エドワード様を傷つけてしまったことは理解していた。
◇◇◇
せっかくの数少ない私の仕事だったのに自分が未熟なせいで、エドワード様を満足に案内することができなかった。
お店には1件案内したけれど、それが終わるとエドワード様は帰ろうと言った。
きっと、私と一緒にいることが苦痛になったのだろう。
当然だ。
私は傷つく資格もない。むしろ傷つけた側なのだから。
今までにないくらい重苦しい空気で、私達は屋敷に戻ることになった。
屋敷に戻れば、明らかに雰囲気が変わった私達に皆驚いた表情をしていた。
このままでは、アトウッド伯爵家に迷惑をかけてしまう。
もしかしたら私がきっかけで、アトウッド伯爵家に不利益がかかる可能性だってある。
だからこれ以上、迷惑を掛けたくない。
私は夕食はいらないと言って、早々に部屋に逃げた。
何か聞きたげな皆の視線から逃げたのだ。
なんて情けないのだろう。年下に押し付けたようなものだ。
「はあ……本当、なにやってるんだろ」
視界が滲む。けれど零さないように目に力を入れて堪える。泣く資格なんて、私にはない。
帰りは一緒の馬車に乗らない方がいい。幸い、手持ちはあるので辻馬車で帰ったとしても、問題ないはず。
少し早めになるけれど、公爵家に帰ろうか。いや、解雇される可能性もいよいよ出てくるか。
そうしたら帰るところなんてないか。
どんどん沈んでいく思考。いつもなら、気分を変えないとと動くのだが。
そのまま暗い底へ沈んでいった。
◇◇◇
どのくらい時間が経っただろうか。
「——イン? 起きているか?」
ふと扉の向こうから声が聞こえて、意識が浮上する。
寝ていたわけではないけれど、自分の殻に閉じこもっているような感じだ。
「はい?」
「……エドワードだ」
その言葉に、ひゅっと喉が音を立てる。
何故来たのだろう。もしかして、ここで解雇通知を……いや、流石に旦那様や奥様に相談せず、独断では出来ないだろう。
怖いけれど、無視するわけにはいかない。返事をしてしまったし、居留守は使えない。
自業自得なのに震える体。それでも扉を開けようとすると、エドワード様が言った。
「無理して顔は見せなくていい。さっきは申し訳なかった」
「っ⁉︎ エドワード様が謝られるようなことはありません! 私がっ」
「いや。ジェインの気持ちを無視して、踏み込んだ俺が悪かった」
「っ」
私は何をしているのだろう。
エドワード様に謝罪させるなんて。私がこんなに未熟だから、エドワード様にさせなくていい謝罪をさせてしまった。
「私のほうこそ……申し訳ありませんでした。未熟なところを見せてしまいました」
そう思っても、怖くて扉を開けられない。どこまでも臆病者だ。
それでもそんな自分に抗うように、そっと扉に手を当てた。




