32.仕事です
「エドワード様、とても素敵な方ね」
「そ、そうだね。この間もご令嬢の視線を集めていたよ」
「ジェインも素敵だと思う?」
「まあね。素敵だよ。というよりあの方を素敵と思わないなら、多分誰にもときめけないと思う」
勢いに気圧されつつ応えると、お母様はパァッと表情を明るくした。
先ほどシェフも表情を明るくしたけれど、こちらは花が咲いたようだ。種類が違うなぁ。
「よかったわあ」
何が? とも思ったけれど、聞かない方がいい気がした。この感じだと、よくないことまで色々聞かれそう。
「ところで、何か手伝うことある?」
話題を変えようと言えば、お母様は少し呆れを滲ませた。
「あら、せっかくの帰省なんだし、ゆっくりしても良いのよ」
「エドワード様もいらっしゃるのに、そんなわけにはいかないよ」
「ジェインならそう言うわね。けれど、ジェインにはまた別の仕事があるでしょう?」
それはエドワード様に言われた、アトウッド伯爵領を案内してくれという話だろうか。
「それまで何もしないのも落ち着かないよ。前に来た時より、雰囲気もだいぶ明るくなってるから、復興が進んでるのはわかるけれど」
屋敷に入る前の街の雰囲気も、大分良い方向に変わっていたのを肌で感じられた。
皆の表情も、ずっと明るくなっていて嬉しいかぎりだ。
とはいえ、まだまだ私でもやれることはあるだろう。少しでもいいから、何か力になりたいとおもうのは当然のことだった。
「もう。ジェインも大概仕事中毒よね」
「そりゃあ、侍女だし。仕事はいくらでもあるからね。何かしてないと落ち着かなくなったよ」
大元の原因は災害でなにもさせてもらえなかった反動だとおもうけけれど、それは墓まで持っていくわたしの秘密だ。
そもそも責めたいわけではない。故にわざわざいう理由もない。
「分かったわ。恐らくレイモンドとエドワード様は、そろそろお話に一区切りつけると思うわ」
「じゃあ先に食事かな?」
「いいえ。朝食が遅めだったから、昼食はないということになっているの」
「そうなの?」
「皆、今日はお寝坊さんだったのよ」
まあエドワード様はわかる。私も長旅で思っていたより疲れていたから、エドワード様も疲れていたのだろう。
けれど災害が起きてから、お父様たちは寝る間も惜しんで働いていた。
ゆっくり寝られる日もあるくらいには、良くなったということか。素晴らしい。睡眠はとても大事だ。
その時、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
お母様が入室を促すと、お父様とエドワード様がいらっしゃった。
「ジェイン、起きたんだな。おはよう」
「おはようございます、エドワード様。お恥ずかしい限りです。エドワード様がいらっしゃるのに、寝坊するなんて」
「俺も今日はいつもよりゆっくり起きた。気にすることはない」
この懐の深さ、さすがだ。けれどこれに私が胡坐をかくわけにはいかない。
そうなれば、一気にエドワード様は私への評価を改めることだろう。
特にアトウッド伯爵家のことを考えるならば、ここで気を抜くなんて言語道断である。
「寛大なお心、感謝いたします。お詫びと言ってはなんですが、なにかできることはありますか?」
「そうだな……」
エドワード様は顎に手を当てる。前も見たな。きっと考え込むときのエドワード様の癖なのだろう。
そしてそれがとても様になっているのだから、顔が良いというのはすごい。
チラリとエドワード様はお父様に視線を送った。その視線を受け止めたお父様は、ゆっくり頷く。
「それじゃあ来る前にお願いしていた、街の案内を頼もうかな」
「分かりました」
「ジェイン、頼んだぞ」
街に行くなら馬車が必要だろうか。首都と違ってそこまで広くないにしても、徒歩は結構大変かもしれない。
そう考えた私を見透かしていたのか、エドワード様は笑いながら言った。
「せっかくだし、歩きで案内してくれないだろうか。街を覚えるには自分の足で歩いたほうが、覚えやすい」
「構いませんが……わが伯爵領は少し勾配がありますよ?」
林業で潤ってきた地だ。周りには山が多いし、領地自体も山の一部となっている。
住みやすくするために、多少土地を削ったりしているが、それでも高低差ができてしまうのは否めない。
「俺は問題ないぞ? これでも鍛えているからな。そういうジェインは大丈夫か?」
「私は幼い頃からこの土地にいますし、体力には自信があります」
「なら決定だな。行こう」
「分かりました。ところで、このままいきますか? 休憩はしなくてよろしいのです?」
「大丈夫だ。さっきまで座っていたからな」
エドワード様がそう言うのであれば、それに従おう。
起きたばかりで疲れていないし、私も問題ない。
「それでは行きましょう」
「ああ」
そう言うとエドワード様は、スッと私に手を差し伸べる。
一瞬何かと思い——すぐにエスコートするためだと気が付く。
「エドワード様、案内するのは私ですが」
「だが、エスコートするのは男の役目だろう?」
それはそうだけれど、素直に手を取ることができない。
「そもそも、エスコートしながら街を歩くなんて、目立って仕方がありません。犯罪も全くないわけではないのですから、目立つのは控えるべきかと」
どんなにお父様が素晴らしい領地経営をしていても、犯罪をなくすことは不可能だ。
それはこのシャングリラ皇国という大きさで見ても同じこと。特に今回エドワード様は、護衛を連れていない。
アトウッド伯爵家の私兵はいるけれど、それでも完全に守れるわけではない。
それならば、なるべく目立たないことが優先だ。
「……ジェインは冷静だな」
「いえ、普通です」
エドワード様はエスコートに差し出した手を、名残惜しそうに下ろした。
お父様とお母様が、視界の端で残念そうな表情をしているように見えた。
「残念だ。せっかく触れるチャンスだと思ったが……」
「? エドワード様?」
もごもごと口の中で呟いているので、何を言っているか聞き取れない。
「いや、何でもない。行こう」
そう言って歩き出すエドワード様に追及することはやめて、後ろに続く。お父様達に、軽く礼をして屋敷から街に出るのであった。
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