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婚期逃したので侍女として働いています。え⁉︎ 地味な私が歳下の公爵令息に溺愛されるんですか⁉︎  作者: 水月華


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34.自己嫌悪

 私が近づいたのが分かったのだろうか。


 エドワード様も、扉により近づいた気配がした。


「……誰しも、見られたくない、暴かれたくないことはあるだろう。ジェインのそれは、未熟なんかじゃない」

「……」


 本当にこの人は、私なんかよりすっと素晴らしいお人だ。


 年下になだめられて、情けないことこの上ない。


 自己嫌悪に陥ったけれど、冷え切った心がほんのり温かくなるようだった。


「ありがとう、ございます」


 また我慢していた涙が溢れそうで、もっと言いたいことがあるのにそれしか言葉にできなかった。


「ジェイン、その、だから」

「?」


 急に口ごもるエドワード様に、私は首を傾げた。


「……勝手に帰るなよ」

「え……」


 予想外なことを言われて、声が漏れる。


 まさか一人で辻馬車で帰ろうとしていたことを、見透かされていたということなのだろうか。


 そんな動揺が、扉越しにエドワード様に伝わってしまったらしい。

 

「……短くても、ジェインのことを見ていれば何となくわかる」

「……そう、ですか」


 確かに、昼間も私の変化に気づかれていた。


 そんなに私は分かりやすいかと思っていたけれど、エドワード様の洞察力が凄いだけだったのか。


「エドワード様は……」

「なんだ?」

「どうして、そんなにお優しいのでしょうか?」


 どうして私にまで、そんなに思いやりをもって行動できるのだろうか。


 本来なら、顔色を窺われる立場なのにそれを驕ることなく、こちらのことを見てくれる。


 それがなぜ、まるで呼吸をするように自然にできるのか、分からなかった。


「……それは、下心があるからな」

「へ?」


 まさか、そんな答えが返ってくるとは思わず、声が裏返ってしまった。


「下心、ですか? エドワード様が?」

「ああ。ジェインは俺をよく褒めてくれるが、俺もただの男だ。下心がないと、上手く立ち回ろうなんて思わない」

「……」


 ということはエドワード様は、私に近づいて何か益になることがあるのだろうか。


「……そうだとしても、私にとってエドワード様は、お優しい方です」

「そうか。……ありがとう」


 逆にエドワード様にそう思ってもらえることは、光栄なことかもしれない。

 

 だって私にどんな理由であれ、価値があるということだから。


 そんな風に少し自惚れてしまった。


「……ジェイン」


 エドワード様に呼ばれ、返事をしようとしたまさにその時。


 ぐきゅるううううう。


「…………」

「…………」


 突然鳴り響くほどの音に、ふたりして固まった。


 私は固まった直後、事態を把握して一気に体中が熱くなるのを感じた。

  

「いえ! あの、これは!」

「ふ、ふふ。もう夕食時も過ぎているからな」

「ち、違います!」


 否定しても意味がないのに、必死に否定する。


 これはもはや反射で否定してしまうものだ。穴があったら入りたい。


「食欲があるなら何よりだ。夫人が食事を用意しているそうだ。後で行くといい」

「……はい」


 エドワード様はそれ以上私を揶揄うことはなく、ただ情報を伝えてくれた。


 こういうところが本当に、上手というか何というか。ああ、本当に私って情けない。


 素直に返事をすると、エドワード様の声が少し遠くなる。


「それじゃあ、ゆっくり休んでくれ」


 その言葉でエドワード様がここから立ち去るのだと察する。


 どうしよう。このまま顔を見せないのは不誠実だろう。私に誠実に向き合ってくれたエドワード様に、それはとても失礼だ。


 意を決して、ドアノブに手をかけて勢いよく扉を開ける。


「っ! エドワード様!」


 けれどエドワード様は、既に曲がり角にいて。


 手を軽く上げて、そのまま去ってしまった。


 しばらくそのまま、エドワード様が立ち去ってしまった方向を呆然と見つめていた。


 やがて、また性懲りも無く自分の腹の虫が騒いだ。


 思わずお腹を押さえる。


 誰もいないことはわかっていても、思わず周りに人がいないか確認してしまう。


 そして誰もいないのを確認して、私はまずはお腹を満たそうと動いた。


 というより自分で夕食はいらないと言ったのに、お腹が空いてご飯を食べにいくのって、すごい我儘な女じゃないか?


 いや、我儘な女だ。疑問ではない、断定だ。


 そう考えると、やっぱりこのまま部屋に篭ろうかと思う。


 けれどエドワード様の言葉を思い出す。お母様が本当に食事を用意していたら、食べ物を粗末にすることになる。


 それはそれで罪悪感がすごい。


「ううっ……どうしよ……」


 確認だけ、もしかしたら用意していない可能性も……砂粒ほどの可能性もあるし。


 確認だけしよう。


 そう考えて、私は歩き出す。


 食堂へ向かい、扉を開けようとして止まる。


(なにを怖がってるの……! しっかりしなさい)


 自分に言い聞かせて、ゆっくり扉を開ける。


 中を覗き込むと、お母様が満面の笑みでこちらを見ていた。


「やっと来たわね」

「……お母様」

「エドワード様からお話は聞いているわ。さあ、お腹空いたでしょう」


 本当にいた。


 疑っていたわけではない。どちらかというと、いないで欲しいという願望だった。


 気まずさのあまり、扉の前で動けなくなってしまう。


 そんな私を見てお母様は、微笑みながら椅子から立ち上がって、私の前に来た。


「おいで、ジェイン」


 まるで幼子に言うように、慈愛に満ちた声で手を差し伸べるお母様。


 それに吸い寄せられるように、私はお母様の手をとった。


「……私、子供じゃありません」

「あら。わたくしにとってはいつまでも、大切な娘よ」


 そう言われてしまえば、心の中にあった意地がしゅわしゅわと泡のように消えてしまう。


「ごめんなさい。子供のようにわがままを言ってしまいました」

「いいのよ。驚いたけれど、ここに来てくれただけでいいわ」


 ついさっきは子供じゃないと意地を張ったけれど、結局反省すれば自分の子供じみた行動ということは分かっていた。


 お母様に謝罪すれば、おおらかに受け止められる。


 こういうところで、まだまだ敵わないと思ってしまう。


 私自身、まだまだ未熟であることは痛いほど分かっているのだ。


 ……周りが成熟しすぎじゃないかと、一瞬、ほんの一瞬だけ現実逃避したくなったのは秘密だ。

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