30.復興は進む
食堂に向かうと、シェフが顔をだした。この人、見覚えがある。確か一度退職した気がするのだけれど、まさか私の記憶違いかな?
でもお母様が食事を作っていたし、間違いではないと思う。そう考えていると、本人から答えを聞くことができた。
「お嬢様、お久しぶりです。実は、つい最近戻って参りました」
「まあ。そうなのですね。お久しぶりです。そして、とても嬉しいです」
やはり戻って来たのだ。とても嬉しいことだ。だってまた戻ってきてもいいと思える程に、アトウッド伯爵家に好印象があったということだから。
「戻ってきた時、お嬢様がいらっしゃらなくて驚きました。働きに出ていると聞いて、更に驚いてしまいましたよ」
「私もやれることをやるべきだと思いましたので」
けれど私の言葉に、シェフは何かに気がついたという表情をした。まるで違和感の原因を見つけたかの表情だ。
「お嬢様?」
「? どうしました?」
「い、いえ……」
歯切れが悪いけれど、うまく言葉が出てこないらしい。少しの間待っていたけれど、話せなさそうなので、話題を変えさせてもらう。
「そうです。お兄様から、軽食を用意してくれていると聞いたのですが」
「あ、はい。もう少しでできますので、お待ちください」
まだ出来上がっていないのなら、何か手伝えるだろうか。
「あら、それならなにか手伝うことはありますか?」
そう提案すれば、シェフは慌てた様子で両手を突き出して振る。
「い、いえ! 大丈夫です! お待たせして申し訳ありません」
「いいえ。私は問題ありませんが、忙しいのかと思って」
「お嬢様も長旅でお疲れでしょう。せっかく帰ってきたのですから、ゆっくりしてください」
「ではお言葉に甘えて……ありがとうございます」
旅は快適そのものだったので、それほど疲れは溜まっていない。
けれど私を気遣う言葉を言われてしまえば、強くは出られない。
大人しく近くの椅子に腰掛けて待っていると、侍女長が顔を出した。先ほどはエドワード様の荷物を運んでいたけれど、落ち着いたのだろうか。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
「ただいま戻りました。何かありましたか?」
「いえ、軽食を運ぶのに手が必要かと思いまして」
「ありがとうございます」
この人もかなり仕事ができる人だ。こうして、周りをよく見て動いている。
働くようになって、彼らの動きに注目できるようになった。
私ももっとうまく働けるようにいいところは吸収したいと、帰省した時は彼らの働きぶりを目に焼き付けるのが習慣になった。
「ところで、お嬢様」
「なんでしょう?」
「その、毎回申し上げますが、我々に敬語は……」
少し気まずい雰囲気を出しながら、侍女長は言う。確かに、私は肩書き的にはまた伯爵家の長女だ。
雇用主の家族から敬語を使われるのは、居心地が悪いだろう。
分かってはいるけれど、これは私なりのけじめだ。
「ふふ。なら、答えも分かっていますよね? 確かに私はこのアトウッド伯爵家の人間ですが、もう成人して働いています。言わば皆さんの後輩です。先輩に敬意を払うのは当然では?」
「そうですが……」
働き始めて、改めて彼らの偉大さを知った。そのことに敬意を払いたくて、基本的にアトウッド伯爵家の使用人全員に、私は敬語で話している。
まあそれだけではなく、諸々の個人的な理由があるのだけれど。
というより、このことはお父様にも話を通してあるのだ。最終的には、私が思うようにしていいと許可を貰っている。当主が許可(だいぶゴネたのは否定しないけれど)したのを、改めて進言してくるなんて何かあったのだろうか。
「それとも、何か新しい理由があるのですか?」
「……そろそろ徐々に使用人を増やせないか、議論しているのです。その、お嬢様が新入りに敬語を使えば、彼女達を萎縮させてしまうかと」
その言葉に、私は目を見開く。
「と言うことは、大分復興が進んでいるのですね」
「はい。とはいえ、すぐの話ではないです。ただ、復興事業の一つとして雇用口を増やすことも検討しております」
「それは……良かったです」
つまり、失業者に対する救済措置としても考えているということか。
調整も大変だろうから、一筋縄では行かないだろうけれどいいことだと思う。
「あ、ということは、シェフもその一環で……」
「はい。一部の元使用人は復興が進んできたと知って、連絡をとって来たのです。それで再雇用という形で戻ってきています」
「そうだったのですね」
それならば、侍女長が改めて言う理由も理解した。
せっかくの新しい人達の心労になるのはよろしくない。それに、元々いた人達も急に態度を変えた私に驚くだろう。シェフが実際、驚いていたのだし。
けれどこれは、私の心の防波堤でもある。私はもう、アトウッド伯爵家から出た心づもりでいるのだ。
つまり、後ろ盾のない平民と大差ないと考えている。
実際は助けを求めれば、お父様もお母様も皆が手を伸ばしてくれるとは思う。
けれど、私から助けを求めることはない。それがフォーサイス公爵家で働くと決めた私のけじめだ。
まあそんなことをお父様たちに言えば、怒られるのは分かりきっているので言わない。
それはさておき。
今後の実家でのありようも、考えないといけないのか。
そろそろ気軽に帰るというのも、難しくなるかなぁと思った。
これはあくまで私の予想だけれど、復興が進めばお父様はお兄様に家督を譲るだろう。
お兄様は後継者として、初めから高い壁にぶつかった。それもお父様ですら、乗り越えるのが困難であるほどの高い壁。
けれどお兄様は諦めずに行動して、領民からの信頼も得た。ということは、乗り越える力もついたと考えても良い。
まだ状況が状況だから結婚はしていないけれど、きっとそう遠くない未来に結婚の話は出るだろう。
婚約者との不仲は聞いていないし、むしろとても良好だそうだ。
そうなれば、お兄様の家となるので、小姑となる私は正直扱いにくくなるだろう。
ジュリアはまだ成人していないからいいけれど、私は距離感が大事になってくる。
まあどちらにせよ、それはもう少し先の話だ。
「とりあえず、お父様にも相談しますね」
「はい。お願いします」
無難な返事を侍女長にする。侍女長も、すぐに答えが欲しかったわけではないようなので、ひとまず保留だ。
そんな会話をしていたら、シェフが軽食ができたと声を掛けてきた。
侍女長と2人でワゴンに乗せる。
お茶の準備もしてくれているので、とても助かった。
きっとまだお父様とエドワード様が話しているだろうけれど、軽食がくれば休憩のタイミングにもなるだろう。
私がワゴンを押そうとすると、侍女長がスッとワゴンと私の間に入る。
無言だったけれど、言いたいことは伝わったので大人しく引き下がったのだった。
「面白かった!」「続きが読みたい!」と思ってくだされば広告下の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎をポチッとお願いします!
いいね、ブクマもとても嬉しいです。
ランキングにも参加してみています!
良かったらポチッとしていってくれるととても励みになります!




