29.お出迎え
アトウッド伯爵領への道は、とても穏やかだった。
馬車は最高品質のもので、長時間座っていてもお尻が痛くならない。
辻馬車は、お尻の痛みとの戦いだった。一応少しグレードをあげれば、もう少し乗り心地が良いものを選べるのだけれど、お金が勿体無いので使ったことがない。
それなのに、今は一足飛びに最高級の馬車に乗っている。なんだか申し訳ない気持ちになる。こんなに贅沢していいのだろうか。
「大丈夫か?」
「え?」
「考えごとをしているようだったから」
「はい。さすが公爵家の馬車だと、感心していたのです」
「そうか」
穏やかな微笑みのエドワード様が直視できなくて、そっと視線をずらす。
今さらながら、なんでこうなったのだろうと考える。
これって夢ではないのだろうか、と疑問が頭をかすめる。
そうなるといつから夢なのか、もしかしたらエドワード様の成人のお祝いパーティからかもしれない。
「夢だと思っているか?」
「え?」
「顔に書いてある」
おかしそうに笑うエドワード様を見て、図星が恥ずかしい、そんなに分かりやすく顔に出ていただろうか。
「ちゃんと現実だぞ。そうでないと、俺も困る」
「は、はあ」
エドワード様がなぜ困るのだろう。
そんな疑問はまた顔に出ていたのだろう。
「俺は今日をとても楽しみにしていたんだ。これが夢では、ショックだろう」
「……そんなに我が家の訪問を、楽しみにしていたのですか?」
「ああ。ジェインがどんなところで育ったのか、興味がある。伯爵も誠実な領主として名高いからな。学べることも多いだろう」
確かなお父様は、あの状況から持ち直すために東奔西走していた。
決して他人に責任転嫁することなく、領民を守るために動いていた。
「エドワード様にそう思われていたと知れば、父もとても喜ぶでしょう」
「そうだったら俺も嬉しいよ」
エドワード様の穏やかな笑みに、心臓が一際高く鼓動する。
失礼にならない様に、窓に視線を送ることで誤魔化した。
◇◇◇
道中は大きなトラブルはなく、予定の日数をかけてアトウッド伯爵邸に辿り着いた。
玄関前の広場に馬車が停車する。エドワード様にエスコートされて馬車から降りると、家族と数人の使用人が出迎えてくれた。
「皆様、ただいま戻りました」
「ああ。おかえり、ジェイン」
先にお父様と挨拶をする、いつも通りに出迎えてくれるけれど、全員微かに顔が強張っている。
その様子を見て、私にも家族の緊張が伝播してしまう。けれど抑えて、体を横にずらした。
「お父様、こちらが、フォーサイス公爵のご子息、エドワード様です。エドワード様。左から父のレイモンド、母のサンドラ、兄のジェフサ、そして妹のジュリアです」
「今日は急な話にも関わらず、時間を作っていただき感謝します。しばらく世話になりますが、よろしくお願いします」
「いえ。かのエドワード様に来ていただけるなど、望外の喜びでございます。まだ復興途中のため、ご不便をおかけしてしまうこともあるでしょうが、どうか楽しんでいただけると幸いです」
挨拶を済ませて、荷物を運び込む。エドワード様の柔和な雰囲気のおかげか、家族の緊張が少し和らいだようだ。
私は必要最低限の荷物だけれど、エドワード様は色々持って来ているようだった。
使用人達が屋敷に運ぶのを、お兄様とジュリアが手伝う。
私も手伝おうと思い、エドワード様から離れようとしたが、呼び止められしまう。
「ジェイン、長旅の直後で悪いが、部屋を案内してはくれないか?」
「え? ですが……」
それはお父様の仕事では、と遠慮しようとしたけれどお父様もうなずく。
「ああ。ジェイン、頼んでも良いか? エドワード様のお部屋は、一番のゲストルームだ。私も少ししたら行こう」
当主たるお父様に言われれば、私はそれに従うのが仕事だ。
「承知しました。エドワード様、こちらへどうぞ」
「ああ」
案内であれば、エドワード様の前で歩く。久しぶりに帰って来た我が家は、前より明るい印象になっていた。きっと復興がうまくいっている証拠だろう。
後はエドワード様がいらっしゃるからと、掃除や手入れも念入りにしたのだろう。
屋敷を観察しながら、慣れた廊下を歩く。
屋敷の中で、当主の部屋の次に日当たりがいい場所。そこがエドワード様が滞在されるゲストルームだ。
いくつか他にもあるけれど、エドワード様ほどの方なら一等良い部屋を用意するのは当然だ。
少し軋んだ音を立てながら、その扉を開く。
部屋の中はとても綺麗で、恐らく屋敷内の調度品を集めて用意したのだろう。想像してたより、ずっと整えられた部屋を用意していた。
「こちらになります。申し訳ありませんが、ご不便をおかけしてしまうと思います。気になったことは都度話していただければ、改善に努めますのでお申し付けください」
「ありがとう。今のところ大丈夫そうだ。とても綺麗だな。それに、家具も家業のものだろう。久しぶりに見た」
「その様ですね。きっとエドワード様が我が家の家具を気に入ってくださっているので、用意したのでしょう」
それが感謝であり、おもてなしということだ。
「エドワード様、お腹が空いてはおりませんか? よければ何か摘めるものでも用意します」
「そうだな。だがまずは伯爵と話をしようと思う。ジェインは疲れていないか?」
「問題ありません。では父を呼んできます」
「いや、俺が行こう。伯爵も忙しいだろうし、そのくらいは問題ない」
けれどお父様は、この部屋に来ると言っていた。すれ違う可能性もあるので、あまり歩き回るのも得策ではないと思う。
何せエドワード様はお客様だ。おもてなしをされる立場の人間を動かすというのも、違う気がする。
どうしようかなと思ったその時、扉のノックする音が聞こえた。
「はい」
「ジェフサです」
「今開けます」
扉を開ければ、荷物を持ったお兄様が立っていた。
「必要なものをいくつか持って来ました」
「ありがとうございます、ところでジェフサ殿とお呼びしても?」
「もちろんです」
「では俺のことも、エドワードと呼んでほしいと思うのですが」
「とても光栄です。……それでは、エドワード殿。早速ですが、伯爵が話をしたいと」
お兄様は淡々と対応しているけれど、少し口角が上がっている。嬉しいんだな。
「ちょうどいいです。俺も話をしたいと思っていました」
「では部屋の移動をお願い出来ますか?」
そう言うとエドワード様も立ち上がる。
私はどうしようかな、と思っていると、お兄様に声をかけられた。
「ジェイン、軽食を用意してあるんだ。準備してくれないか」
「承知しました、お兄様」
時間はちょうどおやつ時。長旅だったし、エドワード様も小腹が空いているだろう。
仕事を貰えた私は2人を見送ったあと、食堂へ向かうのだった。
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