28.帰省
次の日。日が昇り切らないうちから、私は部屋から出て本邸の方に向かった。
目立ちたくないというのが一番だったけれど、そもそもエドワード様を待たせるわけには行かない。
昨日のうちにヴァイオレットたちには、話してある。
早く出発するから、見送りはしなくていいと伝えておいた。
3人とも既にマティルダさんから話を聞いていたようで、気を付けていってらっしゃいと言われた。
仕事があるので、皆帰省する時は朝に見送りをしないのは普通のことだ。
なので目立たないようにしながら、待ち合わせ場所へ向かう。
昨日の話では、玄関ホール前の広場に集まるという話だった。
そこへ向かうと、マティルダさんと馬車が2台、用意されていた。
「マティルダさん、おはようございます」
「ジェイン、おはよう。よく眠れたかしら?」
「はい。エドワード様は、もう少しでいらっしゃいますか?」
「その予定よ。……噂をすれば」
マティルダさんの言葉に振り返ると、エドワード様と、旦那様、そしてステファニー様がこちらに向かっていた。
きっとエドワード様のお見送りだろう。
「おはようございます」
「おはよう、ジェイン」
頭を下げると、エドワード様が挨拶を返した。
「ジェイン、エドワード様が迷惑をかけるけれど、よろしくお願いしますね」
「いいえ。むしろ私が迷惑をかけてしまわないように、努めてまいります」
ステファニー様の言葉に応える。こういってくださってはいるけれど、本当に気を付けないといけない。
いつもの帰省の何倍も神経を使うのは、自明の理だ。
「エドワード様、くれぐれも早まった行動はするなよ」
「父上、肝に銘じておきます」
「ジェイン、エドワード様から何か不快なことをされたら、すぐに言うと良い。御者や家族に言えば、早急に対応するように伝えてあるからな」
「だ、旦那様……お心遣い、感謝いたします」
旦那様の予想外の言葉に驚く。どちらかというと、その言葉はエドワード様に言うべきではないだろうか。
でもエドワード様なら、そのくらいは自分で対処できそう。
そんな会話をしていると、あっという間に出発の準備が整ったと御者が伝えた。
私は荷馬車の方へ乗ろうとすると、エドワード様の慌てた声に呼び止められる。
「待て、ジェイン。なぜそちらに乗る」
「……? そちらの馬車はエドワード様が乗られるのですよね? 私がいては迷惑になりますので、こちらに」
「いや、流石にこちらと比べて、荷馬車は揺れる。それに座る場所もほとんどないぞ」
「問題ありません。帰省する時は辻馬車を使っております。公爵家の馬車は、荷馬車でも辻馬車よりずっと快適ですので」
そう言いつつ、視界の端で3人に動きがあった。
旦那様はエドワード様と同じように、驚きの表情になっている。
ステファニー様は、何故か少し楽しそうだ。
そしてマティルダさんは、何故か額に手を当てていた。もしかして昨晩寝られなかったのだろうか?
エドワード様は大きくため息を吐くと、こう言った。
「ジェイン、俺はアトウッド伯爵領の案内をしてくれと頼んだな?」
「そうですね? まだまだ距離がありますが」
「ああ。それは道中のこともだ。乗る馬車が別になってしまえば、案内ができないだろう?」
「……そうですね」
道中は私も詳しいわけではないのだが。
けれどそういわれてしまえば、頷くしかない。
「私が同じ馬車に乗ってもよろしいのでしょうか?」
「いいに決まっている。俺はもとより、そのつもりだった」
「……分かりました」
そう答えると、エドワード様はホッとしたようだった。
私は荷馬車のステップに置いていた足を降ろして、エドワード様の馬車へ方向転換する。
先にエドワード様が乗るかと思えば、エドワード様は入り口で私に手を伸ばした。
「……エドワード様、侍女をエスコートするのは、さすがにいかがなものかと」
「帰省の時は侍女じゃないだろう? 今回は侍女としてではなく、ジェイン・アトウッドとして帰るだろう」
確かにそれは一理あるかも。というか、まって。今気が付いたけれど。
「そうです、エドワード様。おつきの方々がいませんが。最低でも2人はいますよね?」
「いや、いないが?」
「っさすがに、それは駄目です。アトウッド伯爵家の使用人は、数が足りておりません。エドワード様にご不便をおかけしてしまいます」
驚きのあまり言葉に詰まってしまうが、何とか言葉を紡ぐ。
けれどケロリと答えたのは、旦那様だった。
「アトウッド伯爵にも伝えてある。そして、過度なおもてなしは不要だとも伝えた。むしろ、使用人や側近を複数連れていくこともアトウッド伯爵の負担になる。気にするな」
それは無理でしょう。
公爵家の嫡男を適当におもてなしなんて、できるわけがない。
とはいえ、旦那様の言うことも一理ある。
「ですが……」
「心配なら、帰った時に伯爵に事実確認するといい。私の言葉を繰り返す筈だ」
「は、はい」
ここまで言うのであれば、事実なのだろう。
嘘を吐くメリットがないと思う。騙すためだというのなら、また違ってくるけれど。
「ジェイン、あまり遅くなると良くない。行こう」
「……分かりました」
ここでこれ以上伸ばしたら、それこそエドワード様の機嫌を損ねてしまうだろう。
私は諦めて、エドワード様の手に、自分の手を重ねる。
久しぶりに令嬢の扱いを受けて、馬車に乗り込んだ。
「それでは行ってきます」
「ああ。気をつけてな」
「はい」
エドワード様と旦那様が言葉を交わして、ゆっくりと馬車は動き出す。向かいに座るエドワード様を見て、無事に今回の帰省が終わりますように、とそっと祈るのだった。
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