26.外堀が埋められている⁉︎
「遠慮しないで、さあ、座って」
「で、ですが」
「ジェイン。いいのです。さあ」
「ま、マティルダさんまで」
3人からどうぞと言われて、拒めるはずもなく。
居心地の悪さを感じながら、椅子に座る。
するとマティルダさんはそっと私達から離れた。
(って、マティルダさん! 置いていかないで! 私がここにいるなら、マティルダさんだっていていいじゃない!)
懇願の声は表に出ていないので、当然、誰の耳にも届かない。
それにしても、着飾った二人に対して私はお仕着せ。もちろん、公爵家のお仕着せだから上等なつくりだけれど、2人がいるとかすんでしまう。
いや、そもそも侍女は目立ってはいけないのだから、かすんで正解だ。なんて混乱した頭で考えていた。
いつの間にか私の分も用意されたお茶が、緩やかな湯気を立てていた。
「ジェイン、本当に久しぶりね」
「はい、ヒューイット侯爵夫人もお元気そうで何よりです」
「……」
私が敬語を使ったからか、クレメンスの顔が目に見えて悲しそうに歪む。
いや、これは仕方がないだろう。2人きりではないし、今は明確に身分の差を感じる。
そんな風に考えていると、ステファニー様が軽く噴き出した。
「ふっ。クレメンス様。表情に出すぎですわ」
「ステファニー様、親友にこんな距離を取られて、傷つかない人はいませんわ」
「そうですわね。失礼しました。ジェインさん、ここではクレメンス様の“親友”として接して大丈夫ですよ」
「ですが……」
「じゃないとお話ができませんもの。全く、クレメンス様は誰とお茶会にいらしたのかしら?」
「もちろん、ステファニー様とジェインですわ。ね、ここでは無礼講よ。いつも通りにしてちょうだい」
そんな捨てられた子犬みたいな顔をしないで。凄く罪悪感をかんじるから。
ステファニー様も頷いている。
2人の様子、またマティルダさんのことも考えて、これが目的だと思えばこれ以上、拒否はできない。
「もう、しかたないなぁ。クレメンスは」
そう言うと、クレメンスは表情をぱあっと明るくした。
頼れる人ではあるけれど、こういうところは幼いというか、可愛い。
「奥様は最初から、私とクレメンスを会わせることが目的だったのですか?」
「ええ。何せジェインさんを引き合わせてくれたのは、クレメンス様ですから。そろそろ会いたいだろうと思って」
「感謝しておりますわ。わたくしも色々重なって、中々動けなかったものですから」
クレメンスの言葉で、私は重大なことを思い出した。
「あ! 急なことで伝え忘れていたわ! クレメンス、第一子誕生おめでとう」
「ありがとう、ジェイン。お手紙でもお祝いの言葉は貰っていたけれど、とても嬉しいわ」
そう。クレメンスは私をフォーサイス公爵家に斡旋してまもなく、懐妊が判明した。
私の就業開始と妊娠と出産という特大イベントも重なって、中々会えなかったというのもあるのだ。
「女の子ですわよね? きっとクレメンス様に似て可愛らしいのでしょうね」
「はい。この間、1歳になったばかりですの。まだまだ目が離せませんが、今日はお義母様筆頭に見てくれていますわ」
「たまにはお母様も休まないとですもの。リフレッシュできれば幸いです」
そっかあ。一度でいいから、クレメンスの子供見てみたいなあ。
まだまだ外に出るのは難しいと思うし、だからこそ今日は連れてこなかったのだろう。
「クレメンス、いつかその子にも会いたいな。クレメンスの子なら、私にとって姪同然だもの」
「もちろんよ」
「その時は、またここを使っても構いませんわ」
「奥様……ありがとうございます」
なんと心優しい人だろう。
感動のあまり、声が震えてしまう。
エドワード様の懐の深さの根源を見た気がした。
「……ところで」
「なあに?」
急にクレメンスが姿勢を改める。
思わず身構えると、クレメンスは少し身を乗り出して言った。
「ここで良い出会いはあった?」
「……」
「直球ね」
言葉に詰まる私と、余裕たっぷりに観察するステファニー様。
「クレメンス、例えいたとしても、奥様がいるのに正直に答えると思う?」
「あら、わたくしは良くってよ。むしろとても気になるわ」
「奥様……」
使用人同士で意気投合なんて、禁止されているわけではないけれど、雇用主の妻の前で堂々と言えるわけない。
恋愛にうつつを抜かして、仕事をサボっているなんて疑われたくない。
と思ったけれど、ステファニー様までむしろ前のめりで聞いてくるので、少し驚いた。
「ほら、ステファニー様もこう言ってくださってるわ。で、どうなの?」
「……私の恋人は仕事です」
「なんで⁉︎」
「なんでって聞かれることに驚きだよ……」
クレメンスも私の事情は知っているので、驚かれることに驚く。
私は結婚を諦めて、働くことを選んだと知っているはずだけれど。
いや、心変わりしてないかの確認もあるのかな。
クレメンスの言葉は嫌味とかではなく、心から心配してのことだとは分かっている。
「あら。ジェインさん、とてもいい相手がいるではありませんか」
「……えっと、本当にいないのですが」
ステファニー様に言われても、使用人仲間の男性とは必要以上に関わってこなかった。
近くにいる男性なんていないと思ったけれど、ステファニー様から爆弾を落とされた。
「親バカかもしれないけれど、エドワードはとても良いと思うのですか、ジェインさんは好みではありませんか?」
「……⁉︎」
驚きのあまり、手に持っていたカップを音を立ててテーブルに置いてしまった。
ガチャンと音が鳴り、ヒビが入ってしまったかと肝が冷える。
パッと見る限り、ヒビは入っていないようで僅かに息を吐く。
けれどその前のステファニー様から放たれた、言葉の衝撃は抜けきっていなかった。
「……奥様、さすがに戯れが過ぎます。エドワード様に、私のようなものが釣り合うはずもありません」
「わたくしはそう思いませんわ。ジェインさんは、とても素晴らしい方だと思っていますから」
「評価してくださるのは望外の喜びでございますが、私の方が年上ですし」
そういうと、サロンが静寂に包まれる。
顔を上げられなくて、カップの中のお茶に視線を落とした。
だから2人が顔を見合わせていたのには気が付かなかった。
「……そう、残念ですわ」
ステファニー様のトーンが下がった声が、サロンに響いた。




