24.嵐の卵
遅刻しました
リリーはあれから、私に対してよそよそしい態度をとる……ということはなかった。
むしろいつも通りだ。おかげでというか、謝罪の機会がない。
最初は何に対しての謝罪をすればいいか、判断が難しいところだった。リリーが本当に謝罪してほしいと思ったことで謝罪しないと、意味がない。
けれど時間が経つにつれ、そんなことを言っている場合ではないと感じるようになった。
これ以上伸ばせば、もう謝罪すらできなくなる。今でさえ怪しいのだ。
妹のジュリアに昔、八つ当たりしてしまったことを謝罪できなかったように。
私の方が年上なのに、気を遣わせてしまっている。あの頃から、何も成長していない。
申し訳なくて、悔しくて仕方なかった。
もう、私一人では、どうしようもできない。
そう考えた私は、素直に第三者の手を借りることにした。
「————というわけなんだけれど、どうリリーに謝ればいいかな」
「「……」」
頼ったのは、ヴァイオレットとオリーヴ。
かいつまんで話をして、2人の反応を窺う。
予想通りというか、2人はとても難しい表情をしていた。
いや、そうだよね。もう22歳、23歳になるのに子供みたいな相談をしている自覚はある。
「こんな相談してごめん。情けないけれど、本当、どうしたらいいか分からなくて」
「……私達、リリーにも相談受けたのよね」
「え?」
ヴァイオレットが口を開く。その表情は、どちらかというと世話の焼ける妹たちを見ているような表情だった。
「ジェイン、リリーは怒っていないわ。貴女に対しては」
「……どういうこと?」
その言い方はまるで、怒っている原因はあるような感じだ。
「どっちかというと、自分が不甲斐ないみたいだよ。ジェインを説得できなかった自分に、怒っているんだ」
「?」
オリーヴも説明してくれるが、余計に私の頭は混乱してしまう。
「ジェイン、結論だけ言えば、リリーは謝罪を望んでいないわ。そうね。必要なことはジェインが自分の価値を認めることかしら」
「私の価値……」
「例えば、ジェインは私が、子供も産めない石女って罵られたらどうする?」
「完膚なきまでに叩き潰す」
「即答かい」
「オリーヴだってそうでしょ?」
「まあね」
ヴァイオレットだって、好きで子供が産めなくなったわけではない。
背景も知らない輩に罵られれば、自分のこと以上に憤慨するだろう。
ヴァイオレットは、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。その思いを、自分にも向けてほしいってことよ」
「その思い……」
なるほど、ヴァイオレットの言いたいことはわかった。頭は理解した。
なのに、心が否定しようとする。自分の価値ってなんだろう。
今まで家族以外に、私の価値を見出してくれる人はいなかった。
むしろ貶められた記憶しかない。特に男性には。
そう思うと、私の女性としての価値なんて、分からなかった。
ううん、ジェイン・アトウッドの価値も分からない。
見た目も突出したところはなく、性格も精神もまだ未熟。
妹にさえ、八つ当たりしてしまうような人間に、どうして価値なんて見いだせよう。
そう考えてしまっていると、ふわりと頭を撫でられる。
ヴァイオレットが私の頭を撫でていた。
「ヴァイオレット、これは恥ずかしいよ」
「ふふ。私達もジェインの過去を知っているわ。だから、それが難しいのも分かっている。リリーもそれを分かっているから、自分に怒っているのよ」
「……」
なんといえばいいか分からなくて、黙り込んでしまうと、オリーヴが私の背中を叩いた。
結構な衝撃で、体が思いっきり前のめりになる。
「わっ! オリーヴ、こけちゃうよ」
「まあ、あれだ。リリーと仲直りしたかったら、ちゃんと自分と向き合えって話よ。あ、リリーには今まで通り話しかけてやんなよ。あの子、そういうところ気にしてるから」
「え、でも」
「『そのうちジェインさんが愛想つかしたらどうしよう』なんて言っている子だよ? そもそも仲直りもなにも、喧嘩じゃないんだからね」
「う、うん」
そうか、喧嘩じゃないのか。
そうなのかな?
けれど自信満々な2人に、そうなのかもと思い直した。
「きっといつか、ジェインが分かった時にお礼を言えば、それで十分さ」
そのオリーヴの言葉と、頷くヴァイオレットに、私もそっと口角を上げた。
◇◇◇
その後、ヴァイオレットとオリーヴの助けもあって、リリーと普通に話せるようになった。
ついリリーの様子を気にしても、確かに私に対する負の感情は感じられなかった。
自惚れかもしれないけれど、2人も太鼓判を押していることだし、2人を信じてリリーにいつも通りを意識して接するようにした。
そうすると、リリーも普通に返してくれて、どこかぎこちなかった関係も元に戻った。
いや、表面上は何も変わっていなかっただろう。ただ、お互いに変に気遣っていたということなのだろう。
うん、なんか変な感じだ。
そう思いつつ、仕事に励んでいた。
けれど嵐というのは、いつも突然やってくるのだ。
いや違う。ただ、その前の小さな変化に気が付かなっただけなのだ。
その小さな変化とは。
「ジェイン、ちょっといいかしら?」
「はい、何でしょう、マティルダさん」
「実は急に決まったことなのだけれど、奥様のご友人がいらっしゃるそうなの。人手が足りなくて、準備を手伝ってもらえるかしら?」
「はい!」
奥様のご友人と言えば、私の親友でもある、クレメンスが浮かぶ。
私の運命を変えてくれた恩人。お互い忙しくてあまり会うことは出来ていないけれど、手紙の交換はよくしている。
けれどクレメンスが来ると決まっているわけではない。公爵夫人の交友関係は広いのだ。
マティルダさんに指示を仰ぎながら、黙々と作業をする。
マティルダさんの言う通り、人数が足りなくてやることが多い。
私は茶器を綺麗に磨く仕事を任された。この茶器を一つでも割れば、私の月給なんて簡単に吹き飛んでしまうだろう。
緊張しながらも、茶器が本来の美しさを出せるように丁寧に磨く。
なんとか綺麗に磨けた茶器は、マティルダさんに及第点を貰ってホッとした。
「これで準備は終わったわね。ありがとう、ジェイン。おかげで間に合ったわ」
「いいえ。お役に立てて良かったです。……では、私はこれで」
「ジェイン、もう一つお願いしても良いかしら?」
「? はい」
「お茶会に、ジェインも入ってほしいの」
「……ええっ!?」
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