23.リリーの怒り
「ジェインさん、本当に、エドワード様と何かあった訳じゃないんですか?」
「もう、リリー。何度も言っているけれど、なんにもないよ」
あれから1週間ほど。
リリーは何度も同じ質問を、毎日のように聞いてきた。
ヴァイオレットとオリーヴには幸運にも、まだ話していないようだけれど、その代わりというように質問をされるのだ。
そろそろ飽きてくれないだろうかと思うけれど、リリーは私の答えに納得していないようだった。
「何もないのに、ジェインさんに話しかけるなんて考えにくいですよ。だって、何回か個人的にお話しされてるんですよね?」
「……どうしてそう思うの?」
今回、痺れを切らしたのか、更に踏み込んできたリリー。その確信めいた言い方に、ジワリと手に汗をかく。
「え? 前にエドワード様におっしゃっていたじゃないですか。“以前にも申し上げましたが”って。そもそもエドワード様も、ジェインさんの態度に慣れている様子でしたし」
「な……っ! あの時の話、聞いていたの!?」
「はい。思考停止はしてましたが、会話はばっちり記憶してました」
あの状態のリリーなら話を聞けていないと思い込んでしまったのが、運の付きか。
誤魔化すのも限界……まって、私はどうして必死に誤魔化そうとしていたのかな。
別にやましいことでなければ、誤魔化す必要はないはずだ。
それにここから誤魔化しても、リリーはもう納得しないだろう。
むしろ余計に猜疑心を植え付けてしまうだろう。
「そうなんだ……。それは盲点だったよ」
「いえ、しばらくあの時のことを反芻していたら、思い出した感じなんですけどね」
「そっか。うん、エドワード様はね、とても素晴らしい方だよ。きっとこれからリリー達にも、声を掛けてくるんじゃないかな」
「なぜですか?」
「学園を卒業されてから、将来公爵になるために色々な目線での意見を聞きたいみたい。それで、私に話しかけてきたんだよ。きっと私だけじゃなく、他の侍女とも話しているよ」
しかし、本当のことを話しているのにリリーの表情は曇ったままだ。
「……私、遠くからでもエドワード様を見ていたので、分かることがあるんです」
「近くに来ただけでキャパオーバーになったのに?」
「はい。ジェインさんより分かっている自信があります。絶対、絶対に、エドワード様は、ジェインさんを女性として気にしてますよ」
揶揄おうとしたけれど、リリーの強い視線に言葉が止まる。
けれど続いたその言葉に、わたしは駄目だと分かっていながらも笑ってしまった。
「ぷっ。あ、ごめん。ちょっと、驚いちゃって」
「驚いて笑うなんて、酷くないです?」
リリーの表情に怒りが混ざったのが見える。慌てて弁明した。
「ごめんって。だって、あり得ないことだからさ。リリーを馬鹿にしているとかそんなんじゃないんだよ」
「なぜそう言い切れるのですか?」
「リリー、私は何歳でしょう?」
「22歳……そして、もうすぐ23歳ですね」
それが何か? という表情をしているリリー。
「エドワード様の年齢は?」
「この間、19歳になられましたね」
「そう。私の方が年上だよ? それに、私はもう結婚適齢期を過ぎてるし。エドワード様だってそんな女より、もっと魅力的な令嬢を見つけるよ」
「……」
「すっごい視線だけで訴えてくるじゃん」
リリーは、まさに“何言ってんだこの人”みたいな表情をしていた。
リリーは若いから、そんな考えはないのかもしれない。
けれど世間は、この国は女性側が年上なんてありえないという考えが一般的だ。
特に世間体を気にしている貴族ほど、高位貴族ほどその考えは顕著になる。
エドワード様も、大なり小なりその考えはあるだろう。責めることではないし、私もその考えが染みついているから何とも思わない。ただの事実だ。
「ふふ。それにリリーの方が私より綺麗だよ。私なんて地味な人間だから、エドワード様が選ぶ理由がないよ」
「ジェインさん……」
「むしろ、近づきたい人がいて、私が丁度良い存在なのかも。それはそれで協力するけどなぁ」
「……」
「リリー?」
黙ってしまったリリーを見ると、先ほどまでの怒気はどこに行ったのか、今にも泣きそうな顔をしている。
「ど、どうしたの、リリー」
「……ジェインさんのばか」
「え!?」
怒って言っているわけではなく、どちらかというと切ない声で言われて混乱してしまう。
「ジェインさんは、とても素敵な人です。それにどうしてそんなにご自分を卑下するんですか。ジェインさんは、とても綺麗です」
「ありがとう。リリーにそう言われると、とても嬉しいよ」
「……エドワード様は?」
「え?」
「エドワード様に言われたら、嬉しいですか?」
「ええっと、それは社交辞令としかとらないなぁ」
「…………」
リリーは何度も口を開けては閉じる。その口から言葉が出てくるのを待っていたけれど、やがて大きなため息を吐いた。
「分かりました。……過去のこともありますし、ある程度は仕方ないです。……エドワード様には頑張っていただかないと」
最後の方は何を言っているか聞き取れなかった。
けれど、リリーは気持ちを切り替えて、にっこり笑った。
「仕事に戻りましょう」
「……うん」
いや、切り替えたというより押し込めた感じか。
もう少し踏み込んだ方が良いのかもしれなかったけれど、リリーから立ち上る空気がそれを止めた。
怒らせてしまっただろうか。けれどエドワード様とのことで嫉妬してということではないというのは、わかった。
リリーが怒る過程は目の前で見て分かっているのに、原因が今一つ分からなくて謝罪も難しい。
リリーの後を追いながら、どこか途方に暮れた気持ちになってしまった。




