22.わざとですね⁉︎
「落ち着いたようで何よりだよ」
「すいません、お見苦しいところを……」
「それにしても、私たちの中でエドワード様と1番接点があるのがリリーだったから、あんなに取り乱すなんて驚いたよ」
「確かに皆さんのおかげでお茶会などの準備には携わっていましたが、基本裏方じゃないですか。あんなに近づいたのは、初めてです。なんでジェインさんはそんなに冷静なんですか」
その一言に私は内心で、
(そりゃあ、最近絡まれるからね! しかも一対一で! いやでも慣れるよね! 口が裂けても言えないけれど!)
と思いつつ、にっこり笑う。
「それを言うならヴァイオレットとオリーヴもでしょ?」
「いえ、あの2人も驚いてましたよ。ジェインさんは、少しも表情が変わらなかったんです」
よく見てるな。今度から驚いた表情の練習でもしたほうがいいかもしれない。
「驚いたよ? ほら、人間驚きすぎると固まることあるじゃない。それだよ」
「そんな感じではなかったと思うんですけど……。ジェインさんって、こう、エドワード様にドキッとすることないんですか?」
「もちろんあるよ。皆の憧れの貴公子だもの」
「それは光栄だな」
「「え」」
突然、第三者の声が割ってはいる。
この声は最近、なんならついさっき聞いた。
リリーと揃って振り返ると、案の定エドワード様が立っていた。
リリーは振り返った体勢のまま、石像のように固まってしまう。
「え、エドワード様、なぜここに……」
「たまたまだが?」
嘘つけえええっ‼︎ っと心の中で叫ぶ。
気のせいでなければ、たまたまという言葉が強調されていた。
表情は笑顔だが、その後ろに何かがいる。
般若ではないけれど、含みを感じさせるのだ。
「そ、そうですか。お邪魔になってしまったようで、申し訳ありません。失礼します!」
このままでは良くない。リリーの魂が口から抜けているような幻覚が見えた。
「いや、なにも邪魔じゃないぞ」
動かないリリーの手を引いて去ろうとしたけれど、何故かエドワード様に止められる。
「ついさっき褒めてくれたわりには、随分避けようとするな?」
「そんなことはありません。しかし、リリーがキャパオーバーになっております。これ以上、エドワード様に情けない姿をお見せするわけにはございませぬゆえ。どうかお許しください」
リリーをダシにして申し訳ないけれど、ほとんど事実なので仕方がない。
「……ジェインは俺を称賛するわりには、そうやって逃げるのだな」
同じようなことを繰り返し言われたけれど、だって仕方ないではないか!
リリーはキャパオーバーになっているからいいけれど、これがもし、他の使用人に見られたらどうなるか。
面倒なことにしかならない。嫉妬や妬みはなるべくなら受けたくないものだ。
もちろん、そのまま正直に伝えることなんてできないので、たしかに避けていると思われるのは仕方ないだろう。
いや、逆に正直に伝えたほうがいいのではないだろうか。
そうすれば、エドワード様の奇行もやめてくれるかもしれない。
うん、今までのやりとりから、エドワード様はそう言われたとて罰することはないだろうと高を括った私は、思い切って口を開いた。
「エドワード様、以前もお伝えしましたが、侍女に必要以上に近づかない方が良いです。仮にそれで、エドワード様のお気持ちを頂けると勘違いするものが現れたらいかがするのでしょうか? 私もリリーもわきまえておりまゆえ、これで済んでおります。しかし、女とは強かな生き物でございます。そうなるとお辛い思いをされるのは、エドワード様でございます」
「……」
エドワード様は私の言葉に、顎に手を当てて考え込むようなそぶりを見せる。
よし、一応伝わったみたいだ。万が一、不敬だなんて言われたらどうしようなんて思ったけれど、杞憂だった。
「ジェインは、男性に興味がないのか?」
伝わっているか? その質問の意味は何だろう。
不安を抱きつつ、答える。
「いいえ。人並みに興味はございます。ただ私は自分の立場をきちんと理解しております。ですので、ご安心ください」
「そうか! それが聞けただけでも良かった」
そうふわりと笑うエドワード様に、変な声を出しそうになるのを堪える。
本当に! 私の言うことを分かっていらっしゃるのかな⁉︎
ああ、リリーからついに魂が抜けていくし!
「ああ、わが生涯に一片の悔いなし……」
「ちょっとリリー⁉︎ なに今生の別れみたいな言葉を言っているの⁉︎」
やばい、遺言みたいなこと言いだした。
「ほら、エドワード様! 貴方が魅力的だからリリーが成仏しそうではないですか!」
「うん、なぜ称賛されながら、俺は怒られているんだ?」
「美しさは一定以上過ぎると罪ですよ!」
「ふ、ふふ。そうか」
今度は楽しそうな声を上げるエドワード様。
ええ? なんで?
「確かにリリーには申し訳ないことをした。ただ俺が謝罪すると余計に悪化しそうだな」
「そうですね。私から伝えておきます」
「ああ。それからジェイン」
「なんでしょうか?」
「里帰りの準備はしておくように」
意味が分からず固まっていると、エドワード様はそのまま立ち去ってしまった。
リリーは魂が抜けたままだ。どうしよう、これ。戻るかな。
いや、それもあるけれど。
「里帰りって……まだまだ予定は先なんだけれどな……」
その言葉は、ぽつりと静寂の戻った森に零れた。
◇◇◇
あの後、リリーの魂はなんとか自力で戻ってきた。
戻ってきたリリーにこれでもかと、質問攻めにされたので、とても疲れてしまった。
あの勢いは凄かったな。もうリリーがずっと喋ってて、私が弁明するタイミングが全くなかった。
しかも、途中からオリーヴとヴァイオレットにも話すと言い出して、止めるのに苦労した。
でもあれ、多分私がいないところで話していそうだ。
しばらくリリーにくっついて、見張っていよう。
きっとそのうち諦めてくれるはず。
そう思い込むことしか出来なかったのだった。




