18.洗濯の仕事
その場では簡単に答えて、立ち去った。けれど部屋に戻って閉鎖空間になったことで思考が回り出し、マティルダさんの言ったことを考え始める。
「え? マティルダさん、昨日は“坊っちゃん”って呼んでたのに、今日は“エドワード様”だった。そういえば、普段は坊っちゃんなんて聞いてなかったな」
エドワード様が幼い頃は坊っちゃん呼びだったのだろうか。ということは、昨日のマティルダさんもどこか冷静ではなかった?
「いや、そうじゃない! それは今はいい!!」
頭を振って、思わず大きめの声を出してしまう。
ここは個室とはいえ、壁はそこまで厚くない。場合によっては声が隣に聞こえてしまう。
我に返って、声には出さずに頭の中で整理する。
マティルダさんの言い方は、まるで理不尽なことが続くような物言いだった。
いや、エドワード様は理不尽なことをしているわけでない。なぜか私に対して、話しかけようとしているだけ。
マティルダさんとの話を考えるに、それがこれからも続くということ。
「……エドワード様はもしかして、暇なのかな?」
後継者教育っていつから始まるんだろう。それまでは時間が余っているのかな。
いや、それよりも婚約者探しだ。こちらは早くに動くに越したことはない。
こう言ってはなんだが、学園卒業までに相手が見つからなかった時点で、エドワード様は出遅れていると言っても過言ではない。
エドワード様がハイスペックなので、あまり悪く取られていないだけなのだ。
私は平凡な令嬢だったせいで、あっという間に行き遅れになってしまった。地力の差にショックを受けているわけではないし、心配するのもおこがましいとは思うけれど、数年前の自分とどうも重ね合わせてしまう。
まあ、私が心配してもどうしようもできない。そんなことをする立場でもない。
とりあえず、他の使用人にも話をしているといいなぁ。
特にリリーに。そうすればこんなに胃が痛くなることもないのに。
もし、今度また話しかけられたら、今度それとなくリリーを勧めてみよう。
うん、それがいい。私もそうしたら、リリー達に話しやすい。
この誰にも言えないことが、思いのほか辛い。
エドワード様の考えていることが分かればいいのになぁ。なんて不可能なことを思ったりした。
◇◇◇
数日後。
すっかり快復した私は、仕事に精を出していた。
まあ、実際は次の日にはすっかり良くなっていたのだけれど。
今日も洗濯係として、綺麗にしているところだ。
メンバーはオリーヴと、同じ侍女たち。
数人がかりでやらなければ到底終わらない、かなりの重労働だ。
石鹸を泡立て、桶に水をためて踏みながら洗う。
手だけではどうしても力が足りなかったり、時間もかかるので足でやった方が早いのだ。
もちろん、細かい汚れは手でやる。
じゃぶじゃぶ音を立てながら洗うのは、意外と大変だ。
「おっと、いやぁ。慣れててもすべるねぇ!」
「気を付けてね。はじめのころは何回転んだことか」
「あれは恒例行事、皆が通る道だねぇ!」
「でもジェインは器用なほうだよ。周りと比べて、回数は少なかった」
皆と笑いながら、洗濯物を踏む。私はこの中でも新参者だ。一応、全体で見れば後輩はいるけれど、ここにはいない。
そう。大体初めて洗濯の仕事をすると、転ぶ。
警告を受けていても、大体転ぶ。
思いのほか滑るのだ。これが転ばないようにするには、最早経験で学ぶしかない。
一応けが防止に初めのころは、頭を打たないように被り物を支給されるので、今のところけが人はいない。
しいて言えば、全身が洗剤まみれになるくらいだ。
とはいえ、慣れてくると感触が楽しいのもあり、皆笑顔でやっている。
私も何回も転んだものだ。オリーヴは先輩なので、転んだところを見たことがない。
逆を言えば、私が転ぶ姿を何回も見られている。
軽快に笑い飛ばし、手を差し伸べてくれた彼女は当時、頼りがいのある人に見えたものだ。
いや、今もとても頼りがいのある姉御であることは、変わっていないけれど。
「よし、そろそろ濯ごうか!」
「はあい!」
オリーヴの声で皆、桶から出て濯ぎの作業に入る。
濯ぎも大変だけれど、洗濯の仕事の中で1番大変なのは、水気を絞ることだ。これは純粋に力仕事になるので、とても大変なのだ。
皆で手分けしてある程度絞るのだけれど、素材によってはあまりきつく絞るとだめになってしまうので、見極めが大切だ。
それはそれとして、大体ぎゅうぎゅう絞るので初めのころは毎日筋肉痛との戦いになるのだけれど。
元が令嬢な人が多いので、ここが最初の壁である。
おかげさまで、大分筋肉が付いた。
そんな風に仕事に集中できるのも、最近エドワード様が来ていないおかげだ。
最初はまたいつ来るのかと気が重くなっていたけれど、その心配は杞憂に終わった。
また来るかもしれないけれど、今はこの平和を享受しよう。
いや、雇い主の令息にとんだ非礼だとは思うけれど。いかんせん、色々気になって負担になっていたのは事実だ。
絞るのがあらかた終わると、干す係の侍女たちが洗濯物を運んでいく。
さすがに重労働なので、役割分担をしているのだ。大体日替わりである。
「はあ。とりあえず終わったね」
「少し休憩するかい? 水分も取らないとね」
今日は暑い。水分はしっかりとるようにと、マティルダさんから言われている。
屋内に移動し、皆でお茶を飲む。
水分が喉を通った瞬間、忘れていた渇きを思い出して一気に飲んでしまう。
「ふう。意外と喉が渇いていたよ」
「気をつけなよ。喉が渇いたって自覚してからじゃ遅いんだからね」
「うん、気を付ける」
こういうところが、姉御肌なんだよねぇ。
オリーヴって本当に頼りがいがあるなあ。
なんて思っていると、他の侍女からからかいの声が上がる。
「そういえば、ジェインって来たばかりのころ、遠慮しっぱなしで倒れたよね!」
「そうそう! 大丈夫って言い張って倒れた!」
「ちょっと、もう時効でしょ、それ!」
慌てる私を楽しそうに取り囲む。いや、なんで。
「よし、もっと飲みな!」
「さあさあ!」
「え⁉︎ なんでこうなったの⁉︎」
「気にしない、気にしない!」
何故か、手をわきわきさせながら近づいてくる先輩侍女たちに囲まれて、思わず悲鳴を上げてしまった。
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