19.突然の提案
つ、疲れた。
仕事が、ではない。あの後、皆にひとしきり構われた。
いつもはリリーの役目なのに、どういう訳か今回は私になっていた。
しかし構われるのはこんなに疲れるなんて。今後はもう少しリリーに対して、遠慮しようかな。
けれどリリーは喜んでるように見えたな。もしかしたら、それも演技かもしれない。今度聞いてみよう。
お行儀が悪いと思いつつも、ボフンっとベッドに倒れこむ。
柔らかな布団の感触に、自然と大きな息が体から力が抜けていった。
疲れたけれど、心はどこか温かさを覚えていた。
エドワード様に話しかけられるのとは、また別の疲労感だ。雇用主の家族ということもあって、緊張感が強い。
普通だったら……リリーだったら、喜ぶのだろうか。
そうつらつら考えながら、気が付いたらお仕着せのまま眠りの世界に入ったのだった。
◇◇◇
私は平穏な日々が好きだ。何も特筆することもない、味気のない日々こそ幸せなのだと考えている。
それはアトウッド伯爵家での、地獄のような日々を経験した結果、行きついた私なりの答え。
それが今は目の前の人物に、平穏を脅かされているようだ。
いや、私の平穏なので世間一般でみれば、別に不穏ではない。
不穏なオーラなどなく、むしろ後光が差しているようだ。
「マティルダから聞いて、体調も回復したと聞いた。けれど俺の目でも確認したくてな」
「え、エドワード様にご心配をおかけするなんて……申し訳ございません」
最近来なくなったエドワード様は飽きたのかと思っていたが、違ったらしい。
私の謝罪に、エドワード様は首を振った。
「ジェインが謝罪するようなことはない。むしろ俺が謝らないといけないだろう。仕事が忙しいのに、付き合わせて悪かった」
「い、いえ! エドワード様が謝られるようなことはなにもありません!」
まさかの謝罪返しに、私の心臓はキュッと音を立てた。これは決して恋愛的なものではなく、命の危機的なアレだ。
けれどエドワード様は頭を下げたままだ。
「いいや、これは俺の落ち度でもあるだろう。ジェインの負担を考えていなかった。つい、ジェインと話すのが楽しくて、調子に乗ってしまった」
このままではきっと謝罪を止めない。直観的に悟った私は、ひっくり返りそうな声を抑えながら言う。
「わ、分かりました! 謝罪を受け取ります! なので顔を上げてください!」
「しかし……」
「エドワード様に頭を下げられているこの状況が、私にとってとても負担です!」
「む。それはすまない」
そこまで言って、やっとエドワード様は頭をあげてくれた。
ほう、と詰まっていた息を吐きだした。
「改めて、体調は大丈夫か?」
「はい。もう問題ありません」
誤魔化すようなこともないので、ありのままを答える。
「……もしかして、最近いらっしゃらなかったのは、飽きたとかではなく……」
「俺のせいかと思ってな。マティルダにも、少し怒られてしまった」
「まあ……」
思わず口元に手を当ててしまう。
マティルダさん、本当に私の味方をしたのか……。うん、とても怖いです。
何故私の首は飛んでいないのだろう。解雇されないのが不思議だ。
それほどフォーサイス公爵家が、エドワード様が寛大ということか。
「……あの、失礼かとは存じておりますが、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「っああ。なんでも聞いて欲しい」
私の言葉に、エドワード様は少し身を乗り出してきた。
その勢いに少し気圧されつつ、質問する。
「その、なぜ私を気にかけてくださるのでしょうか?」
「……」
「てっきり、他の使用人とも話しているのかと思いましたが、様子をみるにそうではないようですし。なにか理由があれば、お聞かせいただきたいのです」
「それは……。そう、前にも話しただろう。アトウッド伯爵家の家業は、俺も気になっていたんだ。だから話を聞きたくてな」
「私どもの家業を気にかけてくださるなんて、光栄の極みでございます。……もしや欲しい家具があるのですか? 申し訳ありませんが、まだ公爵家や王家に献上できるような状態ではなく……」
「そうか……」
「平民向けは大分普及してきたのですが、貴族向けはまだ時間がかかりそうです」
供給も少しずつ上がっているとはいえ、全盛期ほどではない。それに量は増えても、質はまだ問題が残っている。
たった一度の災害が、ここまでの余波を生むとは思っていなかった。
それはさておき。
まさかエドワード様が、そんなにアトウッド伯爵家の家具を気に入ってくださるなんて。
とても嬉しい。直接家業に関わったことはないけれど、お父様やお兄様の努力を知っているからこそ、にやけそうなくらい嬉しかった。
それと同時に、エドワード様の希望に今、答えられないことが残念でならない。
「そうだ、今度アトウッド伯爵家に行っても良いだろうか?」
「はい⁉︎」
「せっかくだからどうだろうか? ジェインの帰省のタイミングとか」
さすがにそれには首を縦に触れない。
時折手紙交換で、家族や領地の情報は入っている。
だからこそ、エドワード様を招くなんてできない。
そんな余裕は、まだないのだ。
どう考えても今の伯爵家にエドワード様を招くなど、適切なおもてなしができないという結論になってしまう。
「お、お言葉ですが、エドワード様をお招きできるような状態ではございません」
「だからこそ、行ってみたいんだ。場合によっては、援助も考えたい」
「そ、そんな!?」
エドワード様の言葉が信じられない。いや、これはチャンスなのか?
うまい話には裏がある。けれど今のアトウッド伯爵家は、裏を取られても相手に旨味がないレベルだと思う。
ぐるぐる考えつつ、いったんお父様に手紙を書いておこうか?
これは私の一存では決められるようなことではない。
「……そこまで言っていただけるのであれば、伯爵に手紙を書いてみます。今度の帰省がいつになるかは分かりませんが……」
「ああ。そうしてくれると嬉しい。よろしく頼む」
変に角が立たないように、そう答えた。けれど私はこの時、まさか本当にエドワード様と共に帰省することになるなんて、夢にも思っていなかったのだ。
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