20.通りがかりのエドワード様?
あんなことを言われたけれど、エドワード様のお願いは社交辞令だと思う。
エドワード様もアトウッド伯爵家の状況はある程度把握しているようだし、そんな家に行く必要もないと思うのだ。
とはいえ、そうなると疑問になるのは。
「うぅん。じゃあなんで、私に話しかけているかって話よね。思い返せばそれ以外の理由も言ってくださらなかったし。え? じゃあ本当に?」
うんうん唸りながら、考える。
……一応お父様には手紙を書いておこうか。社交辞令だとしても、フォーサイス公爵家に気に入られていたという情報は、きっとお父様達の力になるだろう。
そう思い、シンプルな白い便箋を取り出す。
そういえば、最近は忙しくてあまり手紙を書いていなかったな。皆も忙しいのか手紙の頻度が減っていたので、つい書くタイミングを逃していた。
お互い毎日を必死で生きているから知っている。便りがないことが元気な証だとお互いに思っているとは言え、今までで一番長く手紙を送る間隔が空いてしまった。
手紙の内容は迷うことなく、スムーズに書くことができた。
まずは最近手紙を送らなかったことへの謝罪。そして自分の近況、最後に本題のエドワード様のことを書いた。
と言っても少しぼかした感じで、うちの家業気に入ってくれてるよ。社交辞令で行きたいっていうくらいにはね。というニュアンスでライトに書いた。
多分だけれど、本当に来る気だと思ってしまえば、重荷になると思う。
自分たちの全盛を知っているからこそ、落ちた姿を見られたくないというのは当たり前の感情だ。特に矜持で生きている貴族は。
なのでお父様達の士気が上がりつつ、プレッシャーにならないように言葉を選びながら書いた。
後は誤字脱字がないかを確認し、これまたシンプルな白い封筒に入れた。
手紙は街にポストオフィスがあるので、そこに出せばいい。
裕福な家だと、専用の配達係を雇うので時間はさしてかからないが、平民などは手紙を送るのに時間がかかる。
フォーサイス公爵家からアトウッド伯爵家の距離は、大体馬車で3日。配達だけなら馬で2日ほどだけれど、仕分けなどの作業もあるので、実際は最短4日くらいか。
とはいえ、最短なので基本的にはもう少しかかる。1週間弱と計算しても、返信が来るのは2週間以上かかるだろう。
まあエドワード様は社交辞令だろうし、時間がかかれば忘れてしまうかもしれない。
それはそれで問題があるわけではないし、むしろ心労ということを考えれば、こちらとしては丁度いいだろう。
エドワード様に気に入ってもらえてたということで、皆元気づけられればいいなぁと軽く考えていた。
◇◇◇
「「エドワード様、おはようございます」」
「おはよう。皆、頑張っているようだな」
「……」
いつものメンバーで仕事をしていると、エドワード様が通りがかった。ここは通りがかったと強調しておきたい。誰にかはわからないけれど。
それはさておき、今は料理の下ごしらえの途中だ。ジャガイモの皮を剥く簡単な作業だけれど、いかんせん量が多い。
麗しの貴公子が来たとなれば、座ったままでいるわけにはいかない。
一斉に立ち上がり挨拶をすると、鷹揚にエドワード様は頷いた。
「仕事中にすまない。そのまま作業を続けてほしい」
「はい」
エドワード様からの言葉に、皆窺うようにしながらジャガイモの皮剥きに戻る。
ヴァイオレットもオリーヴも、驚いた表情を隠せなかったけれどすぐに切り替えた。
そっと一番気になるリリーを見ると、あまりにも平静を装っていてそっちに私は驚かされた。
いや、リリーは私が何度か仕事を交代したことがあるから、取り繕うことができるのかもしれない。
そう考えながら、ジャガイモの皮を剥き続ける。
「とても手慣れているな」
「ありがとうございます。シェフの方々には及びませんが、このくらいは問題ありません」
エドワード様の言葉に、ヴァイオレットが答える。こういう時は年長者が答えるのが基本だ。
別の人が答えれば、最悪不敬ととられかねない。自分の身の程も知らないものだと。
エドワード様がそう考えるとは思わないけれど、これは貴族の世界では常識だ。
「これからも頑張ってほしい」
それだけを言うと、エドワード様は去っていた。エドワード様の姿が完全に見えなくなったところで、知らずのうちに張りつめていた空気が解ける。
「き、急になんだったんだろう」
「さあ……」
私はエドワード様の神出鬼没には慣れ始めていたので、そこまで動揺はなかった。
けれどオリーヴたちの反応を見るに、やはりエドワード様は私にだけ話しかけていたのだろう。
複雑な気持ちになりつつ、無言のままのリリーに視線を向ける。
リリーは黙々と皮むきに専念していて、その集中力に感心する。
しかし少しして、異変に気が付いた。
リリーの藍色の瞳が、なんというか光がない。いつもは星が浮かぶ夜空のように煌めていているのに。
その異常な様子は、オリーヴとヴァイオレットも気が付いたようで、2人もリリーの顔を覗き込む。
「……リリー、大丈夫?」
「……」
「リリー?」
「おおい! リリーってば」
3人で話しかけても反応がなくて、いよいよおかしいと思ったその時。
急にリリーが、ばっと顔を上げた。
「え、エドワード様が、あんなに近くに……っ! これは夢ですか⁉︎」
「リリー、落ち着いて。夢ではないわ」
「あ、あんな……あんなっ麗しいご尊顔が近くに! それにとてもいい香りがしました!」
どんどん荒ぶっていくリリーに、先ほどは冷静だったのではなく混乱したがゆえに、動けなくなっていたのだと察する。
「おやまあ。リリー。あんた、エドワード様の近くによくいたんじゃないかい? 今さらどうしてそうなるんだい」
オリーヴが私達の疑問をぶつけてくれる。
リリーはけれど、その質問に身を乗り出して答えた。
リリーの手から、ポトリと剥きかけのジャガイモが落ちる。ナイフも落としたのは不幸中の幸いか。
「あんなに近くにいたのは初めてですよ⁉︎ 私、大体遠くから見ていたんです! 私達のお茶会などの仕事は基本的に雑務じゃないですか⁉︎」
「どうどう。落ち着きな」
「これが落ち着いていられますか⁉︎ 私もしかして、一生分の運を使い果たしたのでしょうか⁉︎ 明日、最悪なことが起こるんですか⁉︎」
もう普段のかわいらしい仕草からは想像もできないくらい、荒々しくオリーヴ胸元を掴んで揺さぶる。
けれどオリーヴはそれに動じることなく、なだめようとするが効果なく。
どうすればいいのかと、ヴァイオレットと頭を抱えた。




