16.寝不足からの体調不良
その日は疲れているのに、目が冴えてしまったせいでほとんど眠れなかった。
目を閉じても一向に眠ることが出来ず、悶々としているうちに空が白み始めてしまった。
諸悪の根源はエドワード様ではあるが、マティルダさんにぶちまけたことも原因の一つである。
やはりありのまま思ったことを言ったのは良くなかったのではないかと、ぐるぐる同じ思考を繰り返したせいで気分は最悪だ。
体もいつもよりずっと重い。
ため息を吐いたが、状況が改善するはずもない。とりあえず働き始めれば気も紛れて、多少はマシになると信じたい。
そう考えて、緩慢な動作で着替え始める。
侍女の部屋は、一人一人に個室が与えられている。とても贅沢なことであるが、旦那様の意向で私達にも自分の時間が必要であろうと気遣ってくださったのだ。
とはいえ大体の家は使用人にも個室は与えられているのが一般的だ。実際アトウッド伯爵家もそうだった。
ベッドと小さなチェストと机、椅子。シンプルなものだけれど、それでも自分のための空間と思えば天国である。
洗顔をするために共同の洗面所へ行く。もう少し誰にも会いたくないなぁと思うけれど、現実はそんなことは無理な話だ。
「ジェインさん、おはようございます」
「リリー、おはよう」
「ひっ⁉︎ 大丈夫ですか⁉︎」
「そんなお化けにあったような反応しないでよ」
後ろから挨拶されて振り返れば、リリーは驚きと恐怖が混ざった表情をしていた。
その反応から、やっぱり今の顔色は酷いんだなぁとどこか他人事のように考えていた。
そんな私に、リリーは慌てたように近寄ってくる。
「一瞬誰かと思いましたよ⁉︎ 何があったんですか? 今日は休んだ方が良いですって! 私がジェインさんの分も働きますから!」
「ふふ、ありがとう……。リリーは本当に天使のようだね」
「そんなこと言っている場合ですか⁉︎」
「朝から賑やかね。どうしたの?」
甲斐甲斐しく私の額に手を当てたりしているリリーに癒されていると、新たな声が聞こえてくる。
「ヴァイオレットさん! ジェインさん、体調が悪そうなんです」
「そうなの? ジェイン、無理しない方が良いわ。……って、本当に酷い顔ね」
「ただの寝不足だから大丈夫だよぉ。一晩くらい寝なくったって、死なないもん」
「そういうことじゃないでしょう?」
「なに⁉︎ ジェインの体調が悪いって⁉︎」
騒ぎを聞きつけたらしいオリーヴが飛んできた。
心配してくれているのは分かるけれど、声が大きくて頭に響く。
「ごめん、オリーヴ。もう少し声のトーンを抑えてくれると嬉しい」
「あぁ、ごめん。いや、でも本当休んだ方が良いよ。そんな青い顔して」
「そんなに酷い?」
皆に話しかけられたので、まだ自分の顔を見ていない。
鏡に近寄って見てみると、なるほど顔が青ざめていて、隈も酷い。一晩でこんなことになる?
「わぁ。私ってこんな顔だったっけ?」
「絶対違います! もっと可愛いです!」
「リリーの方がずっと可愛いよ」
「いや、そんな茶番している場合かい? マティルダさんには私が伝えておくから、休みな」
「えぇ……」
「寝れないなら日向ぼっこでもしなさい。食事はとれそう?」
「うん……。食べやすいものなら」
「それじゃあパン粥を用意してもらえるように伝えるわ」
3人に口々に言われ、頭も回らない状態なので大人しく従うことにした。
無理やり働いて、万が一何か大きなミスをするのも良くない。
ヴァイオレットはすぐに食堂に向かい、リリーとオリーヴは私を看護、いや介護? してくれる。
「ジェインが一晩でこうなるなんて、何があったんだい?」
「いやぁ。ちょっと色々ね」
「色々が過ぎませんか? また後で聞かせてくださいね」
皆の優しさに、涙が出そうになるほど嬉しかった。
◇◇◇
急遽仕事を休むことになったが、どうせ部屋で休んでもまた悶々と考えてしまうだろう。
そう考えて、ヴァイオレットの助言の通りに日向ぼっこをすることにした。
ちなみにシェフが用意してくれたパン粥はとても優しい味で、食欲がなかったにも関わらずぺろりと平らげてしまった。
満たされたお腹をさすりながら、公爵邸の庭を歩く。
日向ぼっこするのはいいけれど、目立たない場所にしたい。
そう考えて向かったのは、森の中。うん、屋敷の敷地内に森があるなんて、スケールが違う。
森の中でも木漏れ日がある場所を探す。
「ん、あそこ良さそう」
自分の直観に従ってよい場所を見つけた。早速木の根元に座り、幹に寄り掛かる。
大きく深呼吸をして、顔を上にあげる。木の葉のお陰で程よい日差しに目を細めた。
「気持ちいいな」
最近は忙しかったりエドワード様のこともあったりで、あまりゆっくり出来ていなかったと思う。
別に不満ということでは全くないけれど、こういう時間も大切だ。
心地よい風が私の髪を梳いていく。
「ふぁ……。お腹もいっぱいで眠くなってきた……」
昨日は全く眠れなかったのに、あっという間に眠気が襲ってくる。
そのことに驚きつつも、急速に落ちてくる瞼に逆らうことは出来なかった。
◇◇◇
心地よい感覚の中、良い匂いが鼻孔をくすぐる。食べ物の香ばしい香りとかではなくて、多分品の良い香水の香り。
けれどそれを認識するほどの意識はない。
暖かい感覚もあって心地よく、本能的にその心地よさに擦り寄った。
けれど意識が浮上することはなく。
再びまどろみの中へ落ちていったのだった。




