15.やけくそです!
その日の夜。仕事を終えた私は、先に食事にしようか湯浴みをしようか悩んでいた。
食事と湯浴みのタイミングは交代制になっている。別にどちらを先にしなければならないという決まりはなく、大雑把に決まっているのだ。
公爵家ともなれば、使用人の人数も多い。一度に食事をするというのはさすがに非効率だ。
どちらにしても、遅いと食事が冷めたりしてしまうので、皆悩むものだ。
今日はなんだか疲れたしなぁ。エドワード様とお茶をしたから、いつもよりお腹は空いていないし湯浴みにしようかなぁ。
よし、湯浴みを先にしよう。
湯浴みの準備をするために、一度部屋へ戻ろうと廊下を歩いていると。
後ろから声を掛けられた。
「ジェイン」
振り返るとマティルダさんが立っていた。
マティルダさんがこんな時間に話しかけてくるなんて珍しい。何か問題……あ、昼間のことかな。
「マティルダさん、どうされましたか?」
「仕事が終わったところで悪いのだけれど、少しいいかしら?」
「はい」
と答えつつ、内心は冷や汗ダラダラである。
これはお説教コースということだろう。心当たりが多すぎる。
エドワード様の誘いとはいえ、仕事をサボったのは事実だし、そのあと出過ぎた真似をしてしまった。
いくらエドワード様がお優しいからといって、調子に乗ってしまった。
減給ならまだしも、解雇にはなりませんように。思わず天に祈らずにはいられなかった。
◇◇◇
「散らかっていて悪いわね。椅子もなくて申し訳ないのだけれど、人を呼ぶ部屋ではないものだから」
「は、はい」
マティルダさんに付いていくと、侍女長室に連れていかれた。部屋は机と椅子、それから本棚といったシンプルなものだった。
侍女長の仕事は、下っ端の使用人なんて目じゃないくらいに多い。
書類仕事も多いのだろう。それなりに大きな机の上には、たくさんの書類が重なっていた。
ここは本当に書類仕事を主にする場所なのだろう。旦那様と話すときは執務室だろうし、面接も奥様が主導でしているからか客室の一つを使っていた。
マティルダさんは一度深呼吸をした。その様子で、私の心臓は跳ね上がり、また冷や汗が背中を伝う。
「……今日は坊っちゃんと話したのでしょう?」
マティルダさんはエドワード様を坊ちゃんというのか。あれ、今までそうだったっけ?
でもそういえばエドワード様が生まれる前から、それこそ今の旦那様が公爵になる前から仕えていたらしい。それならそういう呼び方もするか。
一瞬どうでもいいことを考えて、現実逃避に走っていたことを自覚し、慌てて謝罪する。
「は、はい。その通りです。申し訳ありませんでした」
「なぜ謝るの?」
「その間の業務を放棄してしまったので」
「あぁ。そういう……。それは気にしないでいいわ。坊っちゃんの希望だもの」
「そ、そうですか……」
本当にエドワード様は、マティルダさんに許可を取っていたのか。
疑っていたと言えばそうなのだろう。素直に驚いてしまった。
「それで、どうだったかしら?」
「えっと……」
どう、と言われても。内容はあまりなかったように思う。結局エドワード様が何をしたいのか、私には分からなかった。
ただ一つ、言いたいのは。
「なんでもいいのよ。ここは私とジェインしかいない。その為にここに連れてきたの」
なるほど。内緒話というところか。
ならば、思ったことを言っても良いだろうか。
「……とても分不相応なことで申し訳ないのですが」
「構わないわ」
「……エドワード様はもう少し、ご自分の魅力を自覚した方が良いかと思います」
「……はい?」
「や、やっぱり失礼ですよね! 申し訳ありませんでした!」
マティルダさんが見たこともないような呆けた顔になった。
なんでもとは言われたけれど、そのまま受け取ってはいけなかった。
慌てて謝罪するけれど、これはピンチではないだろうか。
顔から血の気が引いていくのが分かる。それは目の前にいるマティルダさんにも分かったのだろう。
マティルダさんは、少し裏返った声をだす。
「あ、そ、そうじゃないの。失礼ではないわっ。そう、もう少しくわしく、詳しく話して?」
珍しいマティルダさんの姿だけれど、私も同じようなものだ。驚く余裕もなく、私も声が裏返ってしまう。
「く、詳しくですか⁉︎」
「なぜそう思ったの⁉︎」
「ほ、本当に言っていいんですか⁉︎」
「全部言いなさい!」
お互い冷静さを欠いて、おかしなやり取りになっている。そんなことを気にする余裕などなく、私は思っていたことをぶちまけた。
これをやけくそと言わずして、何という。
「エドワード様、たかが一介の侍女に色気を振りまくんですよ! しかもわざわざ呼び出したかと思えば、こちらを褒めるんです! エドワード様は見た目麗しいお方なのに、そんなことをしたら世の令嬢はイチコロですよ! あらぬ方面から恨みを買いかねません! そんな傾国の美女――いえ、美男子にはならない方が良いかと思いまして!」
一息に言い終えたので、息が上がってしまう。
そんな私の様子をみて、マティルダさんは再び呆けた表情をしていた。
「……ええっと、つまり? ジェインは坊ちゃんを心配しているということなのかしら?」
「そうです! 私が年増女だから耐えられましたが、うら若き乙女が受けたらひとたまりもありません!」
「……そ、そう」
マティルダさんは何度も口を開いては閉じるということを繰り返している。
やがて大きくため息を吐いた。
「も、申し訳ありません。やはり出過ぎた真似を――」
「いいえ。ジェインは悪くないわ。ええ。坊ちゃんには私からも伝えておきましょう」
「だ、大丈夫でしょうか?」
「ええ。ちょっと、いろいろお話しておきます」
「は、はあ」
「今日はゆっくり休んで頂戴」
「ありがとうございました……」
帰っていいと許しが出たので、侍女長室から退出する。
「心配だけど……マティルダさんの言うことを信じて、大丈夫だったということにしておこう。……なんだか疲れた」
一気に疲れが押し寄せてくる。食欲もなくなったし、もう食事は抜きにしてさっさと休もう。
湯浴みも最低限にして、早々にベッドへと潜り込むことを決めたのだった。
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