14.天然か計算か
「ジェインも俺のことを言えないと思うんだが」
「……えっと」
一瞬何のことか分からなかったけれど、少し遅れて褒める云々のことだと気がつく。
「……お仕えしている方々のことを賞賛するのは、当然のことでは?」
「……まあ、そうだな。……表情も全然違ったし」
「?」
同意する言葉は聞き取れたけれど、後半は何を言っているか聞こえなかった。
けれど聞き直すのも失礼だろう。エドワード様も気にしていないようなので、深く追求することはしない。
とりあえず時間もあまり無いので、早く本題に入りたい。
「それでエドワード様は、何をお聞きになりたいのでしょうか?」
「え?」
なぜか首を傾げられる。そうすると幼さが垣間見えて少し可愛い。
一瞬見惚れそうになるけれど、慌てて話を促した。
「使用人目線の話を聞きたいと、おっしゃっていたではないですか? どのような話をすれば良いのでしょう?」
「あぁ……」
顎に手を当てて、黙り込む。思案するその様子は、まるで何も考えていなかったというようで。
私は思わず胡乱気な視線を、エドワード様に送ってしまう。
隠しきれなかったその視線を、エドワード様は正しく受け取ったらしい。
苦笑しながら、口を開いた。
「そんな視線を向けないでくれ。いや、俺が悪かった」
「……何も考えていないのに、わざわざマティルダ侍女長を使ってまで、私を呼んだ理由は何でしょうか?」
思わず嫌味が混ざったのは許して欲しい。これはいろんな理由があるのだから。
「正直に言えば、ジェインと話したかったからだな」
「……」
エドワード様って、天然タラシなのだろうか。計算でやっているのなら、タチが悪い。
私が年増女だから良いけれど、うら若き乙女だったら勘違いしてもおかしくない。
とりあえず老婆心で教えてもいいけれど、先ほどのことも鑑みてのらりくらりと躱されそうだ。
……まあ、良いか。万が一、エドワード様が変な女性に捕まっても、旦那様と奥様が防波堤になって何とかするだろう。
一介の侍女如きが、気を揉むようなことでもあるまい。
そこでふと、ある一つの仮説に辿り着く。
もしかしてエドワード様は、私を練習台にしていないだろうか。
だってエドワード様がわざわざ、私のような女に口説くような言葉を紡ぐことがおかしい。
私は自分の価値をよくわかっている。2年前、花盛りであっても、まともな男性に選ばれなかった。
お父様譲りのベージュの髪も、お母様譲りのアーモンドの瞳も、単体では悪くないと思う。むしろ自分は気に入っている。
でも2つが合わされば、とても地味に感じてしまう。
ジェフサお兄様も、リリーもとても魅力的なところがあるのに、私は何一つ持っていない。
花の盛りの時期でそれだったのだ。もう結婚適齢期も過ぎた現在、選ばれるわけなど万に一つもないだろう。
時間は誰でも平等に過ぎていく。年齢を重ねることは自然の通りで、仕方がないことだ。
昔はそのことで、何度も傷ついた。自分には何の取り柄も魅力もない。そう思い知らされるたびに傷ついていた。
結婚できないと悟ったころから、私の中には諦観の念が蔓延っていた。何度も傷ついて疲弊するくらいなら、諦めたほうがずっと楽だった。
そのおかげもあって、働くという道を選び、今の充実した日々を過ごせていると考えれば安いものだ。
「――? ジェイン?」
「っ!」
目の前にエドワード様がいるのに、つい物思いに耽ってしまった。
急に上の空になった私を心配するかのように、エドワード様が覗き込んでくる。
「申し訳ありません」
「いや、謝らなくていい。大丈夫か?」
「はい。問題ありません」
私の返答に、エドワード様はそれでも眉根を寄せている。
普通なら怒られて当然の場面だけれど、心配してくれているのがその表情から伝わってくる。
「エドワード様は慈悲深いですね」
「……まて、なぜそうなる」
エドワード様は意外にも、表情をコロコロ変えられるのだな。
貴族は基本的に感情を表に出さない教育をされるが、フォーサイス公爵家はその限りでもないのかもしれない。
なにせ、王家の血を引く家門だ。
「普通でしたら叱責される場面ですので」
「そんな小さいことで怒っていたら疲れるだろう」
「その考えが尊いと思います」
「……」
今度は黙り込んでしまった。さすがに上から目線になってしまっただろうか。
「端の侍女が、大層なことを申してしまいました。申し訳ありません」
「いや、そんなことはない。……うん」
表面では謝罪するが、心の中では言い訳する。だってなんというか、言葉を選ばずに言うと、出来の良い弟のように誇らしくなってしまったのだ。
弟なんて、恐れ多くてとても口に出せないけれど。
今日のエドワード様は、なんだか年下特有の甘え上手、人懐っこさを見せている気がする。
一度そう考えてしまえば、可愛い弟のように錯覚してしまうのは仕方ないだろう。
そんな言い訳がにじみ出ていたかもしれない。エドワード様の言葉はどこか歯切れが悪かった。
これ以上なにか弁明しても、言い訳にしかならない気がする。
時間も迫っていることだし、仕事に戻らせてもらおう。
「エドワード様、お約束の時間が迫っております。私はこれで失礼させていただきます。先ほどは出過ぎた真似をして、申し訳ありませんでした」
「あ、ああ。こちらこそ時間を取らせてすまなかった」
エドワード様の返事を聞いて、そそくさと退散する。
少ししゃべりすぎた自覚はあった。あとでマティルダさん経由でお怒りの言葉を受けるかもしれない。
「……まあ、もう過ぎたことは仕方ないよね。今後は気を付けてしゃべろう。いや、もうこんなことないかもしれないけれど」
結局エドワード様の目的は分からなかったけれど、今日のやりとりで距離を取られるかもしれない。
それも自分の蒔いた種なので、仕方のないことだ。これ以上、エドワード様に不快な思いをさせないように近づきすぎないようにしなければ、と思った。




